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09 : 第九話




「うれしそうだね、クロカちゃん」
雑誌を見ていた藤はふいに少女に視線を向けて薄く微笑を浮かべた。
まぁ、それもそうか。無事にフィアナが戻ってきたのだから。
彼女が嬉しそうだと自然と自分も嬉しくなる。
窓の縁にもたれて闇夜の星空を見上げていたクロカは彼の声に気づいて振り返ると、小さく首肯してみせてゆっくりと瞳を閉じる。
その瞼の裏には血にまみれたフィアナの姿が思い起こされる。
「本当に心配だったんだもの。でもよかったわ。あの子は生きてるし、浩輔くんのおかげで前にも進める。私もあの人を探すことに専念できる」
あの子が綾夜と戦った場所にあいつはいた。見つかるのは時間の問題だ。
今度こそ全てを終わらせる。
目を開けて前を見ると、その先には穏やかな表情の藤がいた。
「クロカちゃんが決めたことなら俺は何も言えないし、協力するって言ったからには最後までクロカちゃんに付き合うよ」
初めは面白半分で浅はかな選択だったかもしれない。いや、実際にそうだった。
ただ確かなのはあのときの彼女が本当に助けてほしそうだったから、自分は彼女を助けたかった。それだけは本当のことだ。
いざというときはクロカを支えられるように、彼女の願いが叶えられるまで傍にいてやりたい。
「ありがとう。そこまで言われたの、初めてだわ」
彼の言葉が今朝の話だということを認識したクロカはほんのりと頬を赤く染めると、照れくさそうにしかし綺麗に笑った。
「あ、そうだ」
「……?どうしたの?」
突然何かを思いついた藤は手を叩き、その意図が掴めないクロカが首を傾げる。
それを見て彼は子どもが悪戯するような笑みを浮かべた。
「花火しよっか」
「……花火?」
反復したクロカに藤は頷いて見せ、立ち上がる。
「だって夏って言ったら花火でしょ。みんなでやろっかなぁって」
もちろん自分が楽しむ目的もある。いつ死ぬかわからない以上、後悔だけはしたくない。
ようやくみんなが集まったのだから、少しでも多く思い出を作っておきたい。
それと。
「クロカちゃんも今くらいは楽しんでおかないと。それじゃ彼氏もできないよー」
これからも彼女は葵のことを追い続け、自分を傷つけながらその手を血に染めていくのだろう。
だったら、少しでも気持ちが晴れるように。
自分にはこれくらいのことでしか、彼女を笑わせてやれないから。
冗談めいた様子で言う藤が可笑しくてクロカは口許に手を添えてくすりと笑った。
「藤くんに言われたくないわ。でも、楽しそう。花火」
子どものように笑える彼が本当に羨ましい。
おそらくこの先、進んでいったとしてもこうして彼のようになれる日は来ないのだろう。
「そうそう、きっと楽しいよ。浩輔たち誘って島崎の家でやろう」
「また急に来てって怒られるわよ」
しかしそういうクロカも悪戯な笑みを浮かべ、二人は部屋を出た。



☆☆☆
それは少し前のことだった。
一階で電話の音が鳴り響き、老人執事の佐藤に友達からだと電話を代わられる。本日二回目の電話だ。
もちろん八時前のこんな時間に迷惑電話をかけてくる相手のことはわかっている。
「こんな時間に何の用だ」
どうせまたくだらないことを考え付いたのだろう。
しかしただでさえ今日は疲れているのに電話をかけてきた相手に低い声で応じると、藤はわざとらしく膨れた様子で返してきた。
「なんだよ、その嫌そーな声。せっかく友達の少ないお前に電話してやってのに」
「……用ないんなら切るぞ」
「えぇっ、そんな冷たいこと言うなよぉ」
これほどまでに能天気な奴見たことがない。
藤とのやり取りは島崎のテンションを徐々に落としていた。というより、彼との会話は疲れる。
「はぁ……。で、本気で用件は何だ」
深いため息のあと、再度尋ねた質問に藤は電話越しでもわかる笑みを湛えた声で応じる。
「いまからさ、浩輔たち連れてお前ん家行くから。花火しに。てか、もうすぐ着くから。じゃ」
それだけ言うと、本人の意見も聞かずに一方的に電話が切られた。
「は?ちょっと待て…………切りやがった」
受話器の向こうではつーつーと鳴っている。
島崎は滅多にしない舌打ちを小さく洩らすと、受話器を下ろして肩を落とした。
どうしてあいつは毎回毎回うちでしようとするんだ。しかも人の話も聞かずに。
もうすぐ着くって、急にもほどがあるだろう。
「どうしたんだ?」
戻ってきた島崎の表情が部屋を出たときよりさらに険しくなっているので、ユアは首を傾げる。
まぁ、大方の予想はつくが。
「ここで花火するって言って、浩輔たちを連れてくるらしい」
「花火?てか、フィア来んの?」
「いや、全員だ」
花火には興味のないユアだが、浩輔たちの中には当然フィアナもいると考え、瞳を輝かせる。
そして間違った解釈をしている彼に島崎は訂正するが、もう彼の耳には届いていなかった。



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