≫ No.5

09 : 第九話




それから少し経ってからだった。およそ五分ほどといったところだろうか。
もうすぐ着くという言葉通り浩輔たちを連れた親友が訪ねてきた。
先頭にいた藤の手には道中コンビニ辺りで買ってきたのだろう、袋二つ分の花火が下げられている。
「絶対こんなとこ住みたくないな」
「貴久くんは超人だからきっと大丈夫なんだよ」
「すごい大きなお家だね。お城みたい」
彼の後ろについてきている面々も賑やかで、好き勝手感想を述べている。
その中には失礼な発言も多々混じっているが、言い返す気にもならない。
すると、そんな中でユアはフィアナの姿を見つけると、島崎と話している藤を押しのけて彼女に飛びついた。
「フィアっ」
「わっ」
突然のことに驚きはしていたが、慣れた様子で動じたふうもない彼女はただ笑っているだけで、それを見ていた浩輔は目を半眼にした。
数時間前に会ったばかりなのによく飽きないな、このやり取り。
ユアとは出会って数回しか対面していないのに、この光景はさすがに見るのにも鬱陶しくなってきた。しかしそれを言うや否や切り刻まれるので、心の中にしまっておく。
「いつ来てもなっがい庭とでっかい家だな」
「そう思うんなら他でやれ」
ひどい言われようにばしんと背中を叩いてくる藤の手を跳ね除け、島崎は庭に下りる。
「で、花火するんだろ?」
「おう、そうだな」
移動した島崎を視線で追っていた藤は当初の目的を言われ、頷いて応じる。
買ってきた花火を芝生の上に広げ、その様子にフィアナと洋輔は覗きに来る。
今のこの時期にはどこのコンビニでも売っている花火がその中から出てきた。普通の花火に打ち上げ花火まである。
「あ、ろうそく忘れた」
袋の中のものをひっくり返しながら藤は花火に火をつけるものがないことに気づく。
いざというときは島崎に借りればいいのだが、その前にクロカが名乗り出た。
「なら、私が点けてあげるわ」
そう言う彼女を見上げて藤は彼女が炎を扱えることを思い出す。
「マジ?そうしてくれると助かる」
「うん、まかせて。でもどこに火を点ければいいの?」
そうは言ったものの、クロカも花火は初めてである。どういったものなのかわからない。
すると藤は手近の花火を手に取ると、その先を指差す。
「じゃあ、ここに火つけてくれる?」
クロカはわかったわ、とうなずき、指先に小さな炎を灯すと、花火の先端に近づける。先についた紙が燃え始め、やがて火薬に達すると辺りを明るくさせるほどの緑色の花弁を散らせた。
「すごい、こんなに綺麗だなんて思わなかったわ」
「そこまで言ってもらえるとやってよかったよ」
彼女の呟きに藤はにっこりと笑った。
するとその横で同じように花火を見ていたフィアナは目を輝かせながら、手を伸ばす。
「わぁ、これが花火。浩輔、触っていい?」
「え、ちょ……触ったら火傷するからっ」
とっさに気づいた浩輔は慌ててフィアナの腕を掴むと、引き離して息を吐き出す。もう数センチで確実に火傷しているところだ。
それと同時に花火が終わって小さくなっていく。
「あ、終わっちゃった……」
消えた花火を名残惜しそうに見ていたフィアナはしゅんとした様子で呟く。
それを見たクロカは苦笑を浮かべて一本を彼女に渡した。
「はい、フィアナ。つけてあげるからしっかり持ってるのよ」
人がいないのを確認し、彼女にも注意してからその花火に火を灯す。
ぶわっと赤い花が咲き、フィアナやそれを見ていた浩輔の顔が赤く照らされた。
「じゃあ、次僕ね」
いそいそとクロカの近くに来た洋輔の手には花火が二本握られていた。
また欲張りなことを。
その様子に呆れていた浩輔は嘆息して、彼が火を点けてもらっているを見る。
「……?」
しかし明らかにおかしい。
「お前は幼児かっ。花火を人に向けたら危ないだろ!しかもなんでこっちに向けんだよ」
飛び上がった浩輔はドキドキと疾走している心臓をなだめながら洋輔の手を下にはたく。
「あ、ごめん。方向間違えた☆」
浩輔は返す言葉も見つからなかった。
「ごめんって、軽……。てか、ほんと腹黒いな、あいつ」
島崎や藤の近くでフィアナが花火をしているところを見守っていたユアはふと双子に視線を移して呟く。
片割れの浩輔に対する悪戯の限度が普通の悪戯を遥かに超えている。
「あれでもあの二人は仲が良いから不思議だ」
「そうだよな。俺らもけっこう長い付き合いだけどケンカしてるとこ見たことないもんな」
腕を組んで同じように双子の様子を見ていた島崎はユアの独り言を聞き取って苦笑を浮かべる。
それに藤も同意を示し、微笑ましそうに彼らの様子を観察する。
いつも洋輔がちょっかいをかけ、それを浩輔は鬱陶しそうに回避している。たまに怒っていることもあるが、それでも本気でケンカしている姿は見たことがない。
「ケンカしても洋輔の方が一枚上手だからな。浩輔に勝ち目なさそう……」
浩輔は生真面目だから嘘をつくことが下手である。それに比べて洋輔は口の回りが早いから口から出任せに口撃してくる。
勝敗など一目瞭然もたしかだが。
「俺にはああいう兄弟がいないからな。どういうものかわからないが、いたらきっと大切に思うんだろうな」
自分は小さい頃から両親と離れて暮らしていて兄弟もいない。家族というぬくもりが今一つわからないでいる。
でも家族が大切なことだけはわかる。だからきっと兄弟同士もそういうものなのだろう。
親友の放った言葉に藤は嬉しそうにうっすらと微笑を浮かべると、彼の首に腕を巻きつける。
「何言ってんだよ。俺らもう兄弟並みの親友じゃん。てかもう家族?」
島崎の家の事情は知っているから、藤は余計彼に寂しい思いをさせたくない。
そして努めて明るく振舞って見せる藤の思いも島崎には十分届いている。
今もどうせ余計なことを考えているのだろう。可哀相とか。
だから自分も明るくならなければならない。
「冗談じゃない。お前みたいな馬鹿で能天気でいらん悪知恵だけ働く迷惑な奴なんて兄弟にはいらない」
「うわっ、ひどい言われようー」
自分の肩に顎を乗せてくる自称親友を押しのけ、抗議の声を聞き流しながらふいと顔を背ける。
大事な親友を家族という括りにはしたくない。もう十分自分の大切な友達なのだから、それだけでいい。
でもあいつはすぐに調子に乗るから絶対に言ってやらないけど。
「よっし、最後に打ち上げ花火しようぜ」
来てから大分時間が経っていることに気づいた藤は最後の仕上げに打ち上げ花火を地面に並べる。
全部並べている様子からもしかしなくとも一気に点火させるつもりなのだろう。
導火線を一箇所に集め、打ち上げることを皆に知らせる。
「クロカちゃん、ここに火つけて」
束ねた導火線を示し、それを地面に置く。
全員の視線が打ち上げ花火に向いたのを確認したクロカはうなずいて、その導火線に向けて小さな炎の玉を打つ。
ふいに強い風が吹いた。
次の瞬間。
すさまじい爆発音が夜空に響き渡り、土煙が視界を奪うほど立ち込める。
「な、何事ですかっ」
中にいた佐藤やそのほかの使用人たちも外の爆音に飛び出してくる。
もわもわと舞っている土煙が晴れていき、庭の有り様を目の当たりにした使用人たちは声もなく、目を見開いたまま固まってしまった。
庭に直径一メートルほどの大きな穴が開いている。
そしてその煙の中から友人たちの黒くなった顔が。
「ご、ごめんねっ、島崎くん。ごめんねっ」
火をつけたクロカが十中八九悪いのは目に見えてわかっているが、彼女のせいだけではない。
必死に謝る彼女にできるだけ優しくなだめる。
「クロカのせいじゃないから気にするな。元はと言えばどっかの馬鹿が一気にしようなんて考えなければよかったんだ。なぁ、藤」
頭を下げてくるクロカの肩をぽんと叩くと、そのまま不敵な笑みを浮かべながら横を振り返る。
やはり前言撤回だ。こいつは迷惑以外何者でもない。
「お前のせいで俺のフィアが真っ黒になったじゃねぇか!!」
ユアは藤の胸倉を掴むとけほけほと咳き込んでいるフィアナを勢いよく指差す。
彼女のほかにも自分を含め、一人を除いて黒くなっているのだが、彼の視界にはフィアナしか映っていなかった。
「明日の放課後にでもこの庭直してくれたら許してやる」
今にもユアに切り刻まれそうな藤に追い討ちをかけるように、島崎はその肩に手を置く。
嫌なんて言わさないぞ、という瞳で。
「………はい」
藤は有無を言わさない親友の怖い微笑に即答で頷いた。
「てか、セノトっ。お前知ってたんなら止めろよ!」
「間に合わなかった」
もともと花火をせずに皆より離れた場所で眺めているだけだったセノトは被害を受けなかったようだ。
ユアの顔に怒気がはらむが、彼に言ったところで無意味なので息を吐き出してやり過ごす。




そうして彼らの思い出作りは幕を閉じた。



第九話終わり



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