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08 : 第八話



「私らが相手しなくてもよさそうかしら」
不敵に笑みを浮かべるクロカにフィアナは苦笑を浮かべる。
こんな状態でも顔色ひとつ変えないセノトの隣でユアはちっと舌打ちを漏らした。
「はぁ……。こんなときに魔神かよ」
振り返ると、広場の入り口からそろそろと近づいてくる黒い獣たちを確認する。
全部で六体。形状は様々で感じる力もそれなりの魔神だ。おそらく低級でも上のランクだろう。
やれやれといった体のユアは一度戻ってしまったブレスレットを腕から外すと、その隣を横切る影があった。
「わたし、行ってくるよ」
彼の前に出たフィアナは真剣な表情で魔神をひたと見据える。
それにはさすがのユアも呆気に取られていたが、すぐに正気に戻って彼女の肩を掴んで引き止める。
「相手ならあとで俺がしてやるから、フィアは後ろにいてくれ」
相手は六体なのだ。それもかなりの力を持っている。彼女一人では手に余るのは目に見えている。
これは仮の戦闘ではない。
必死に引き止めるユアだが、フィアナはふるふると首を振って考えを改めようとしない。
わたしが行くんだ、と自分を見上げてくる紅の瞳が告げていて、ユアはぐっと詰まった。
一度言い出せばそれを覆すことは至難の業だ。それは重々承知だが、今までは彼女に押し切られて了解してきたから取り返しのつかない事態を招いてしまったのだ。
今回ばかりは頷くわけにはいかない。
しかし答えを待たずに獣の群れに向かって歩き出したフィアナに気づき、ユアは目を見開いた。
「あ、フィアっ」
慌てて呼び止めようとするが、彼女はそれを満面の笑みで制した。
ユアは小さく舌打ちをする。
彼女の力では魔神六体は手に余るというのに、人の気も知らないで。
援護しようと彼も戦闘態勢を取ろうとした瞬間、フィアナはおもむろに振り返り、ユアを見た。
「もうあんな辛い顔、ユアにさせたくないから、わたしも強くなりたい。だからいっしょに戦ってほしいな。一人じゃ無理そう」
でも彼が隣いてくれるなら、やれそうな気がする。
しかしユアからの返答はなかった。怒るのも無理はないと、フィアナは視線を彼から外す。
すると彼は少女に歩み寄ると、薄く微笑を浮かべてその額をこつんと小突いた。
「バカ。そんなの俺だって同じだ。じゃあ、俺が援護するから、後ろは任せろ」
初めて自分を頼ってくれたんだ。それが何より嬉しい。
フィアナは大きくうなずくと、ありがとうと言って再び魔神に向き直る。
そして神経を一点に集中させる。
「”我が鎌(れん)よ、助けの桜花(おうか)……花びらの欠片とともにその姿を変えろ 鈴祐華鎌(りんゆうかれん)”」
ふわりと神気に煽られて空色の髪が大きく翻る。
神呪を受けたフィアナの首にかけられたネックレスが音を立てて弾け、淡い桃色の花びらに変わる。彼女が円を描くように右手を動かすと、意思を持ったかのようにその後を花びらがついていき、やがて彼女の腕にも巻きつきながらだんだんと形状を変えていく。
群がっていた桜の花は長い棒と刃を形作っていくと、風に吹かれて花びらは一斉にそれから離れて散らばる。
姿を現したのは身の丈ほどもある長細い柄に、先端には大きな三日月の形をした波紋の揺らめく刃が備わり、その柄につけられたフィアナの髪と同じ色のリボンが大きく翻る。
少女は全く重さを感じさせない巨大な鎌を構えると、威嚇しながら様子を伺っている魔神に向かって駆け出した。
その背後では刀を召喚したユアがいつでも援護できるように神経を集中させながら、彼女の手並みを拝見する。
「はぁっ」
ひとまず狼の形をした魔神に狙いを定めると、振り上げた鎌を気合いもろとも打ち下ろす。
しかし大振りである彼女の動きを見切った狼は素早く斬撃をかいくぐると、フィアナに噛み付こうと大きくあぎとを開いた。
「わっ。”淡く散る桜の花、消化する盾となれ 桜季(おうき)”」
間一髪桜を盾にして狼を弾くと、大量の桜の隙間を縫ってもう一度鎌を横薙ぎに一閃する。
体勢を崩した魔神は空中で避けることもできずに、刃はその身体に吸い込まれるように切り裂いた。
地面にばたりと落下したそれは少しの間痙攣していたが、やがて動かなくなり、それと同時にしゅうと嫌な音を立てながら黒い煙となって消えていった。
なんとか一体を倒したとはいえ、彼女の危なっかしさにはユアもひやりとさせられる。
そして体勢を立て直して鎌を構えなおすフィアナの背後に影を捉え、ユアは叫んだ。
「フィアっ、後ろだ!!」
彼女の後ろで猿に似た魔神が彼女の首筋を狙って爪を尖らせている。
フィアナは彼の声に反応するが、間に合わない。ユアは素早く地を蹴り、フィアナとの間に身を滑り込ませると刀でその爪を受け止める。
「出直して来い」
にっと口端を吊り上げた少年はふっと身を引くと、魔神の身体を斜めに両断する。
ききぃと猿の鳴き声に似た声で絶叫しながら煙となって消滅した。
「ありがとう、ユア」
彼がいなければ自分は確実に大怪我を負っていた。
肩で息をしているフィアナはほっとしながら薄く微笑む。
その様子を見てユアは真剣な表情になった。
残り四体。これ以上長引かせれば彼女の体力が持たないかもしれない。
「俺も戦う。さっさと終わらせるぞ」
フィアナに持久力がないことは知っているが、それをあえて言うことはせずにユアは刀を肩に乗せた状態で一歩前に出る。
それにこくりと首肯して、少女ももう一度戦闘態勢に入る。その視線の先にいるのは鳥の魔神だ。
黒鳥は彼女の視線に気づくと、一度甲高い声で鳴き、続いて翼を広げてばさりと空に舞い上がる。そして大きく旋回し、急降下してくる。
「……」
フィアナは無言で鎌を後ろに引いて構えると、急降下してくる鳥をギリギリまで引きつけて刃を振り上げる。
気づいた魔神は弧を描いた刃に沿って向きを変え、もう一度高く上昇する。
ふわりと黒い羽が舞い落ちてくる。
その後鳥は彼女を嘲笑うかのように頭上を旋回し、様子を伺ってくる。
「うー……、あんなに高かったら届かないよぅ……」
たとえ木を伝っていったとしても彼女の跳躍力では到底届かないだろうし、他に術も見つからない。
いっそのこと鎌をブーメランのようにして投げようかと考えたが、その後武器が戻ってくる保障はないので、頭を振ってそれを打ち消す。
早く降りて来いと思うのだが、そううまくもいかない。
う〜んと唸りながら思案に暮れていると、その顔の横をものすごい勢いで水の玉が飛んでいき、油断していた魔神に直撃した。
「………!」
驚いたフィアナが後ろを振り返ると、ユアはすでに彼に任せた魔神をすべて消滅させた後だった。
鳥はへろへろと上空から落下していくが、途中で体勢を立て直して浮上する。
一瞬こちらを見た魔神の視線とユアの視線が交差し、彼は身構えるが予想外にそれは東の空へと飛んでいった。
「ちっ……逃げやがった」
小さくなっていく影を睨んでいたユアは緊張を解くと、フィアナを顧みる。
そして目を瞠った。
「え、フィア?」
鎌をネックレスに戻し、しゅんと落ち込んでいるフィアナの姿がそこにあった。
いったいどうしたというのだろうか。まさか、怪我をしたとか。いやしかしそういう様子ではない。
近づいたユアにフィアナはおもむろに顔を上げ、彼は一瞬びくりと驚く。
「やっぱりユアはすごいね」
彼女は敵わないね、と自嘲気味に笑みを浮かべる。
どうしてもうまくいかない。自分は一体を倒すのに精一杯だったのに対して、彼は一匹逃したとはいえ、全滅させたのだ。
力の差は歴然としている。白界で最強とされているユアと比べるのは間違っているが、それでも改めて自分の無力さを思い知らされた。
その言葉に驚いたユアは慌てて首を振る。まさかこの子がそんなことを考えていたなんて。
「そんなことないよ。フィアはよくやったと思う。あの魔神、低級でも相当力が強かったし、それを一体でも倒せたらたいしたもんだ」
だからそんなに気にするな、と彼女の髪を優しく撫でる。
「そうよ。たぶん前のあんたならあれくらいの魔神でも倒せなかったと思うわ」
あれくらい、というクロカはまったく参戦する気はなかったが、フィアナに近づいて感心する。
「もっと自信持ちなさい」
そう言って額を指弾すると、軽く仰け反ったフィアナは嬉しそうに笑った。



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