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08 : 第八話




それから目的の場所に着いたのは、昼時を少し過ぎた頃だった。
彼らが住む街には隣接する山がある。その麓は確かに人影はまったくなかった。
山に近づくに従ってセノトの表情が険しくなっていくが、それには誰も気づいたふうはない。
初めに入り口に着いたクロカは感心した様子で辺りを見回し、後ろにいる仲間を振り返る。
「これなら大丈夫そうね」
「そうだな」
後の二人も場所の広さを検討し、頷く。
これほどの広さなら少々暴れても周りに被害は出ないし、問題はないだろう。
「じゃあ、危ないから藤くんたちは離れていてね」
クロカはそう言い残し、先に広場の中央に行っていたユアとセノトに近寄る。
そうして三人は互いに向かい合う形に、適当に距離を置く。
一瞬にして三人の纏う(まと)空気が変わったのがわかった。
「一応武器が中心だけど、神呪も使っていいことにしましょうか」
実戦ではこの両方を上手に使いこなさなければならない。
しかし守護神の神言がない状態では強力な神呪は詠唱できないので、可能な戦略は限られてくる。そういうことを想定した上での戦いは上達も早い。
それを彼らが考えているのかは定かではないが。
彼女の提案に異論はない二人は無言で首肯すると、それを合図にクロカは右の薬指にはめていた指輪を外す。十字架の飾りがついたそれを真上に投げ、神呪を詠唱した。
「”炎に纏いし、かの矛にすべてを薙ぎ払う炎陽(えんよう)よ、双尾(そうび)に巻きつけ 炎夏瑠槍(えんかりゅうそう)”」
途端、彼女の周りに真っ赤に燃え立つ炎が召喚され、放り投げられた指輪に巻きつく。
指輪の姿が炎に隠れると、それはだんだんと形を変えていき、ゆっくりと降りてきて彼女の手に戻る頃には細長い棒へと転じていた。炎が消えると同時に身の丈の半分ほどの槍が姿を現す。
彼らは精霊と契約すると同時に、白界の長より装飾品に秘められた武器を受け取ることができる。それは目的のために戦うことを余儀なくされている彼らに少しでも戦力になるための長なりの想いだった。
クロカが武器を召喚したのを見ていたユアは口端を吊り上げると、ついで彼も神呪を唱える。
「”水に流れる花は水蓮(すいれん)と称す。我が刀身よ、その力を水に貸せ 水神刀(すいしんは)”」
水の玉が大小様々な形で現れ、ユアの手首につけられているブレスレットが青い光を放ち始める。
それが水の粒に変わり、彼の腕から離れて先ほどの水の玉を吸収して大きくなっていく。ある程度の大きさになると、ユアはおもむろにそれに腕を突っ込み、その中から刀を引きずり出した。
同時に水の玉はぱちんと弾け、その衝撃で刀の鞘についている飾りの珠が大きく翻る。
ユアは鞘に納められたままの刀を肩に乗せると、最後の一人に視線を向ける。
「”白銀にきらめく扇よ。光を帯び、輝ける姿をここに現せ 月蒼扇(げっそうせん)”」
その視線に動じたふうもなく、セノトは神呪を紡ぐと髪留めと一緒に留めていた装飾品が淡く光り出し、ふわりと宙を浮く。
だんだんと光が膨らんでいくそれはやがて適当な大きさになり、弾けると光は力を失って消え、彼の手に巨大な扇子が姿を現した。
「それじゃあ、遠慮なく行くわよ」
真っ先に地を蹴ったのはクロカだった。
その手に持った槍の矛先はまっすぐユアに向かっている。
ある程度予想していた彼はにっと笑みを浮かべると、迎撃体勢に入る。
「来い」
腰を落とし刀を構える姿勢にになったユアにはおかまいなしにクロカは槍を力任せに振り下ろす。
それを真横にした刀で受け止めると、金属同士がぶつかる鈍い音が響き渡った。
「甘いな。そんな正面から来ても勝ち目ねぇのわかるだろ」
彼女の腕力でこの状況を押し切れるわけがない。
しかしクロカは悔しさを滲ませるどころか、その表情には余裕が見て取れた。
「甘いのはあんたよ」
くすりと笑うと、彼女は突然後ろに後退した。
訝ったユアだが、その理由はすぐにわかった。
今までクロカがいた場所にかまいたちが炸裂し、土煙が立ち上る。
「あっぶね……。セノトっ、後ろからなんて卑怯だろ!!」
しっかりあいつは逃げているし。
反応に遅れたユアは舞い上がった土煙にむせながら攻撃した来た本人に向かって吠える。
もう少し軌道がずれていればちょっと怪我したところでは済まない。
しかしセノトはいたって冷静なものだった。逃げ遅れるお前が悪いと瞳が言っている。
「卑怯も何も、手を抜いたら意味ないだろう。敵はいつも正面から来るとは限らないんだ」
痛い所をついてくる。
もっともな意見に反論できないユアはぐっと詰まると、一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
気を引き締めなおし、刀を構えると標的をセノトに移す。
あの扇子は厄介だ。遠距離を弱点とするユアにとっては、先に彼を叩いたほうが後が楽だ。
構えるセノトに狙いを定めて跳躍したユアは刃を横一閃に薙ぎ払う。
刹那。
クロカのくすりと笑う声が背後に聞こえたかと思うと、突然真紅の炎が彼を呑み込んだ。
瞬時に気配を感じて腕を交差させて防御すると、刀で炎を振り払う。
身を焼くほど高密に神気を凝縮されていなかったので、ダメージはあまりないが、それでもさすがに熱い。
空中で体勢を立て直して着地すると、クロカを睨みつけた。
「……っち、次から次へと俺の邪魔をしやがって」
未だ微かに纏いつく炎を水の神気で打ち消すと、地を這うように低く唸る。
なぜかダメージを受けているのは自分だけではないのか。
やられっぱなしではいられない。
ユアは右手に水を凝縮させると、それを思い切り彼女に向けて投げつけた。
それと同時に地を蹴り、素早く肉薄する。
「……っな」
反応したクロカはとっさに水の玉を避けるために後方に飛び退ったところに彼は容赦なく斬撃を繰り出す。
「……っ」
体勢を立て直すこともできずに防御に回るしかない彼女は秀麗な顔を歪めた。
そしてとどめにユアは腰を低くすると、彼女の足に回し蹴りを食らわす。
「……きゃっ」
瞬間、足をすくわれたクロカはそのまま尻餅をついてしまった。
そしてその彼女の鼻先に刀の刃先を向けると、ユアは微笑んで見せた。
「さすがね。悔しいけど、やっぱり本気のあんたには敵わないわ」
彼女は降参といった体で槍を装飾品に戻すと、その意思を受け取ったユアはセノトを振り返る。
「あとはあいつだけか」
結局一番厄介な奴が残ってしまった。
今まで無傷であるセノトは彼の視線には動じず、黙ってそれに応じる。
彼は接近戦でないと戦えない。それと彼には最大の弱点がある。それを突けば最強と言われているあいつにも勝てるだろう。
そんなことを考えながら片足を一歩後ろに退いたセノトはそれと同時に身の丈ほどもある巨大な扇子を開いて両手で持つ。
「”月光、影のもと姿を現せ、すべてのものにその光を浴びせろ 月蘭(げつらん)”」
神呪とともに扇子を横薙ぎに振り払うと、粒子の尾を引いた光の玉はスピードを上げてユアに突進していく。
いくつも飛んでくるそれを見据え、全ての軌道を見切ると地を蹴って跳躍し、回避する。
そのまま重力に任せて彼に向かって刀を振り落とすが、素早く閉じた扇子で刃を受け止められる。
それでも押し切ろうと腕に力を加えた。その瞬間。
「後ろががらあきだぞ、ユア」
「……!」
感情のあまり読めない声音で言われて、背後に気配を感じたが遅かった。
セノトの意思で操られた光の玉は方向を変え、見事にユアに激突した。



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