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08 : 第八話




初めて白界に来たときに、中枢建物へと向かった街の大通りを歩きながら、浩輔は落ち着かない様子で辺りを見ていた。
街の人たちが自分たちを指差してひそひそと話しているのが目につく。初めは人間である自分が珍しいのかと思っていたのだが、明らかに違っていた。
彼らはフィアナを見て何かを話しているのだ。そして通り過ぎていく街人は皆彼女を避けていく。
「浩輔、気にしなくていいよ。わたしは大丈夫だから」
最初から気づいていたフィアナは浩輔を見上げて笑って見せた。
街の人たちの反応など珍しいものではない。
どんなにリオナと似ていても父親が絶対に自分を見てくれないのも、他の人たちが自分を避けていっては遠目で中傷する。
にっこりと笑う少女が、今朝の彼女と重なって見えた。

白界と黒界で、真紅の瞳は不吉なの。だから赤い目の人は嫌われてる。

無理に笑う彼女がとても儚く思えた。
「どこの世界でも異端な人は嫌われる。別に赤くても珍しいわけじゃないし、本当に真紅の瞳を持ってる人が不吉を呼ぶはずはない。まったく昔の人はなんでこんな言い伝え残したんだろうな」
偏見に見られる人の気持ちなど考えもせずに、そのときの自分勝手な都合でルールを決める。
まったく迷惑極まりない話だ。
納得のいかなさそうな表情の浩輔を見下ろし、蓮呪は大仰にため息を吐いて見せた。
彼の気持ちもわからないでもない。
街の人たちはフィアナの気持ちを少しでも考えたことがあるのか、と聞いてやりたい。
「俺たちがどうこう言って変わるものじゃない。しょうがないよ」
これは今に始まったことではない。
何十年もそれこそ何百年と続いてきたことなのだ。今更変えられるわけはない。
それには浩輔がどれほど納得ができなくても、納得するしかないのだ。
「まぁ、その中で自分を見失わずに生きてるフィアナはすごいと思うよ」
自分ではこんな前向きな生き方は絶対にできない。途中でくじけそうだ。
にっと笑って浩輔の頭をぽんぽんと叩く。
「……そうだな。やっぱりフィアナは強いよ」
一歩前を歩く少女の小さな後ろ姿を見て、浩輔は眩しそうに目を細めて微笑を浮かべる。
たしかに蓮呪の言うとおり、自分を失わずに生きるのはすごいことだ。それを簡単にやってのけるフィアナはやはり心が強い。
「なにを話してるの?」
後ろの少年二人の会話が気になったのか、ふいに立ち止まり身体ごと向き直ったフィアナは二人を見上げる。
それに蓮呪は何でもないよ、と首を横に振り、彼女の隣に移動するとその頭をくしゃりと撫でる。
「わっ」
別段不満はないらしく、彼女はくすぐったそうに目を細めてされるままになる。
やがて緑の合間から白い壁が見え、神殿が姿を現した。
それにつれてフィアナの表情が険しいものに変わり、その屋根を見上げる。
これで終わらせるために必ずあの人を見つけるのだ。
でもいくら決意してもその覚悟と同じだけ不安は募っていく。自分の力ではどうにもならないときもある。
リオナはどんな思いで、姿を消したのだろうか。その理由は知りたいが、知るのが怖い。
ただ彼女が戻ってきてほしいと、願っている。

絶対、リオナを見つける。一緒に帰ろう。

まるで彼女に語りかけるように、フィアナは心の中で呟く。
その様子を背後で見ていた蓮呪はふと目を細め、浩輔を横目で見る。
彼の視線にいぶかしんだ浩輔は歩調を合わせて歩き、次の言葉を待った。
「浩輔、もしフィアナが躊躇するようなことがあったら、引っ叩いてでもいいからあいつを支えてあげてほしい」
彼女は優しい。自分のしたことに罪悪感が生まれれば、それは間違いなく彼女の行動を遅らせる。
そうなれば今回以上に傷を負うか、もしくは今度こそ命を落としかねない。
蓮呪は少女の小さな後ろ姿を見て、ふいに過去を思い出す。
四十年ほど前、フィアナは守護神の命を守って大怪我を負った。しかしその守られた命も数日後に失われ、それを知った彼女はひどいものだった。
命の重さは誰よりもよく知っている。おそらく彼女はできるだけ浩輔に神言を使わせないようにするだろう。
精霊の神気は神言がないと十分に力が発揮できない。
それを彼は懸念している。
「わかってるよ、蓮呪。自分にできる限りのことはするつもりだから」
大丈夫だと言い切れる自信はないが、自分の持てる力の範囲で彼女を支えようと思っている。
頷く浩輔に蓮呪はくすりと笑うと、そうだな、と少女を見る。
「ま、お前だけじゃないし、それほど心配することもないだろ」
他の仲間より最も危ういのはフィアナだ。しかし彼女を想う仲間がいるから、神経質になって心配する必要はないのかもしれない。
それが杞憂であると願いたい。
先に行っていたフィアナは二人が追いついたことに気づくと、身体ごと振り返り、にっこりと笑顔を向ける。
「これからよろしくね、浩輔」
突然改まって言われた言葉に虚を突かれた彼はきょとんとしていたが、見上げてくるフィアナのルビー色の瞳を見るとこちらこそ、と微笑む。
後悔はしたくない。だから今できる最善の選択をしたい。
彼女に協力する。それが自分の最善の選択だったのだろう。
「じゃあ、行こっか」
吹き抜けの神殿に足を踏み入れたフィアナに続き、頷いた浩輔も中に入る。
二人の神気に反応し、中央に描かれた絵が淡く光を放ち始める。
その後をついてきた蓮呪は入り口で立ち止まると、魔法陣に立った二人を見た。
「蓮呪、いろいろと迷惑かけてごめん。ありがと」
なんだかんだと今思えば彼には迷惑をかけていたのに、礼も言っていなかった。そのまま戻ると次にいつ会えるかわからない。
苦笑を浮かべて謝る浩輔に蓮呪は近づくと、その額を軽く指弾する。
「気にするな。俺はたいしたことやってないし、最後に決めたのはお前だよ。まぁ、大変なのはこれからだから、しっかりしろよ」
「……できる限りは」
額を弾いた次は彼の肩をぽふぽふと叩くと、浩輔は頼りなさそうにしながらも先ほどと同じ答えを返した。
人間もファイネルも一度に欲張ったことはできない。今できることをひとつずつやっていくしかないのだ。
微笑んだ蓮呪は次にフィアナを見て、ふと何かを思い出す。
「あ、そうだ。フィアナ、人界に行ったらセノトに悪かったって言っといてくれないか?それとできるだけ無茶はしないから心配しなくていいって」
神気が欠けた状態で神呪を使うことは危険な行動であり、セノトはそのことを常に案じている。今回のことは仕方がないと言えばそれまでだが、彼は相当心配したはずだ。
現に未だ神呪を唱えると、身体を鋭い痛みが突き刺さる。
フィアナはなぜセノトに謝らなければいけないのかわからなったが、特に気にならない様子で頷いた。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「気をつけてな」
フィアナは蓮呪が二、三歩後ろに下がったのを確認すると、小さく神呪を唱えた。
暖かな風が柔らかく吹き抜けると、具現化した桜の花弁が二人を下から包み込んでいく。
「またね、蓮呪」
舞い上がった花びらの隙間からフィアナはばいばいと手を振り、二人の姿は大量の桜に紛れて消えていった。
不自然に吹いた風で乱れた髪を整えると、蓮呪はほうと息を吐き出し、神殿の向こうに見える真っ青な海を見下ろす。
大変なのはこれからだ。きっと心が揺らぐときもあるだろう。
浩輔にはああ言ったが、本当のところ根拠はない。ただの直感だ。
でも俺は信じる。仲間が好きだから、みんな幸せになってほしいと思う。
それが俺の一番の願いだ。
蓮呪は少女の花のような笑みを思い浮かべてくすりと口許に笑みを乗せると、神殿を後にした。



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