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07 : 第七話




洋輔の家を目指していたユアと島崎はある家の前に来ていた。
住宅街の家はどれもデザインが似ていて、この家も例外ではない。
そして玄関前にある表札には「相川」と書かれている。それに記憶にある位置と一致しているので、ここで間違いはなさそうだ。
島崎が呼び鈴を押すと、少ししてからそれに応じる高い声が聞こえてついで赤い髪の少年が顔を出した。
「あれ、貴久くん。珍しいね、どうしたの?」
予想していなかった客に微かに驚いた様子の洋輔は軽く首を傾げ、それから視線を隣に移して彼の首はさらに傾げられた。
「……。誰だっけ?」
どこかで見たような気はするのだが、いったいどこだったか。
しかしどこかわざとらしい彼に、ユアは片方の頬を若干引き攣らせる。
「……お前、それわざとだろ。昨日も会ったじゃねぇか」
この数日で彼の性格はほぼ把握した。
とても腹黒く、性質(たち)が悪い。それが彼に当てはまる形容詞だ。
すると洋輔は意味ありげな黒い笑みを浮かべる。
「わかってるって、言ってみただけだよ。ユイでしょ?」
「ユアだっ」
どうしてそこで間違えるのかが不思議だ。
つい突っ込んでしまったユアは呆れた様子で洋輔を見る。
「あれ、そうだっけ?まぁいいや」
それでも何か言いたそうな彼に洋輔はにこりと笑った。
「ユアでしょ?もう忘れないよ」
「……」
もうついていけない。
いっきに脱力したユアは肩を落とし、深いため息を吐き出した。
「それで、どうしたの?」
そんなユアには気づいたふうもなく、もう一度最初の質問をすると立ち直ったユアが答えた。
「セノトどこにいるか知らないか」
もしも家にいるのなら微弱だが、神気の気配を感じるはずだ。それがないということは、この近くにはいないのだろう。
彼の質問に洋輔は考える素振りを見せる。
「セノト?そういえば朝に出かけるって言ってたねぇ。まだ戻ってきてないよ。行き先は僕も知らないけど」
たとえ協力者でも自分の目的は話していないらしく、洋輔には報せていないようだ。
これには冗談を言っているようには見えないので、おそらく事実なのだろう。
「まったくあの秘密主義者め」
ここにいないとなれば、後は見当のつく場所など思いつかない。
せっかくこの暑い中、寄り道をして彼を探しに来たのにとんだ骨折り損だ。
「どこにいるかわからないんだったら、神言だったかそれを言えば探すこともできるんだろ?」
彼らは守護神の神気を借りることで今まで以上の力を発揮することができる。
それを考えた島崎は提案をするが、それをユアは首を横に振った。
「ダメだ。あの時はフィアを助けるために仕方なかったけど、小さいことでお前の寿命を縮めたくない」
あのときのクロカの説明にはこれに関することは入っていた。しかしそれほど詳しく説明されていなかったので、それについての認識がもしかすれば彼には薄いのかもしれない。
「そう言ってもらえるのはうれしいけどな」
頼ってばかりで後悔するのは、もう飽きた。
過去を思い出したユアの笑った顔が切なくて、島崎にはそれ以上言えなかった。
となると、どうやって探すか。あるいはもう諦めるか。
思案顔になった彼は神経を研ぎ澄まして、もう一度辺りを注意深く探索する。
刹那。
「どうしたんだ?ユア」
背後から落ち着いた低い声がかけられ、反射的に二人は振り返った。
その先に片手を腰に当てて、珍しい二人がいることに不思議そうな視線を送っているセノトの姿を見つける。
「あ、セノトだ」
彼らの隙間から同じようにセノトに気づいた洋輔はにっこりと笑う。
いつからそこにいたのかまったくわからなかった。声をかけられるまで、気配がまるでなかったのだ。
「珍しいな。お前がここにいるのは」
守護神の付き添いのために学校には足を運ぶユアだが、誰かの家を訪ねてくるのは大変珍しい。
あからさまに意外だな、という視線を向けられて、さすがの彼も渋面を作る。
「お前に用があったんだ。で、どこ行ってたんだよ」
いつもいつも行き先を告げずに、一人でふらふらとどこかへ行ってしまうのだから。
別に一人で行動しているのが駄目なわけではないが、過去にそれで大変な目にあったのも事実だ。
あの時ばかりは彼のことを恨んだ。
そしていつもどこへ行っていたのか尋ねたとしても、まともな返答が返ってきた試しはない。
今回もさして期待せずに、諦めがちに尋ねたが。
「少し気になることがあったから、隣街まで行っていた。…………?どうした?」
あっさりと答えられ、逆にユアは戸惑ってしまった。
まさか答えてくるとは思ってもみなかった。
虚を突かれた表情をしている仲間を、セノトは訝しげに眉をひそめる。
「いや、お前いっつも自分の話になるとはぐらかすから………。まぁ、いいけどな」
彼の予測できないところは今知ったわけではないので、適当に話を終わらせると本題に入った。
もともとはクロカの提案により修行をすることになり、セノトにも声をかけるという判断で彼を探していたのだ。
「俺もあいつの考えには賛成だ。綾夜も動いてるし、そのほうがフィアの危険が減る」
島崎の協力を得られた今、綾夜に敗ける要素はひとつもないが、大事な彼女を守るためなら強くなって損をすることはない。
あくまでフィアナを中心に考えている彼を一瞬意味ありげな視線を向けたセノトだが、それはすぐに掻き消え、口許に指を当てる。
「別に強制じゃないから、行きたくなかったらそれでもいい」
「……いや、俺もいいと思う」
確かに綾夜は動いている。それに人界に住む魔神もいつもが低級なわけではない。
その答えを肯定だと判断したユアはそうか、と了解すると、洋輔を見る。
セノトが行くというのなら、彼はどうするのだろうか。
彼の視線の意味がわかったのか、洋輔はにこりと笑った。
「もちろん、僕も行くよ」

そうして四人はクロカたちが待つ公園に向けて歩き出した。



太陽は徐々に真上に近づき、道には影はなくじりじりと陽炎が立ち上っている。
セノトはふいに先頭を歩いていたユアの隣に移動すると、なるべく小声になって話しかけた。
「あの風の守護神、島崎という名字だったか?」
突然尋ねられた内容に少しの間返答に窮するユアだが、すぐにそうだけど、と頷く。
「それがどうかしたのか?」
不思議に思った彼は理由を問いかけてみたが、セノトはちらりと島崎を一瞥しただけでたいしたことじゃない、とそれ以上話そうとはしなかった。
黙ってしまったセノトにますます疑問を抱いていたユアだったが、しつこく聞いたとしても断固として話さないはずなので、何も聞かずにいた。
やがて公園の姿が見えてきて、四人はその中で待っているクロカと藤に近づく。
「やっと帰ってきたわね」
戻ってきた彼らに気づいたクロカはベンチから立ち上がると、戻ってきた四人を出迎える。
「久しぶりね、セノト。四日ぶりくらいかしら」
最近見かけていなかった仲間の顔を見ると、クロカは笑ってみせる。
学校に行っていても彼だけは用事でいなかった。数えてみれば、フィアナが瀕死の傷を負った日から一度も会っていなかったようだ。
彼女の言葉に思い返したセノトはそうだな、といつもの抑揚に欠ける言葉を返した。
その様子にクロカは苦笑を漏らすと、次に洋輔に視線を移す。
「案外元気そうね」
彼女もまた毎日いろんなところを駆け回っているので、会わない人がいる。そのうちの一人が洋輔だ。
クロカは彼の顔色を窺うように軽く覗き込んで感心する。
浩輔はまだ帰っていないのだ。そのことを心配してもう少しおとなしくなっているのではないか、というのが彼女の予想だったのだが、見る限りでは大丈夫そうだ。
しかし彼は苦笑を浮かべて首を振ってみせた。
「クロカちゃんが思ってるほど元気じゃないよ」
やはり多少とも心配はある。大丈夫だとわかっているが、それでも。
それに兄弟でも双子という繋がりはとても強固だから、余計に心配なのだろう。
少し失言だったかもしれない。
そう思ったクロカは自分にため息を吐くと、安心させるような笑みを浮かべた。
「そうね、心配なのはわかるわ。でも大丈夫よ」
白界でも中枢建物には魔神は出ないし、人間の見分けなどできるわけがない。浩輔が人間だということは、こちらが言わない限り気づかれる心配はない。
彼女の「大丈夫」の中にはいろんな感情が含まれていて、それを感じ取った洋輔は大きく頷いた。
「そうだね。ありがと、クロカちゃん」
もう自分が案じるほど浩輔は弱くない。
クロカは笑った洋輔の頭を軽く撫でると、彼女もにっこりと微笑んだ。
「さて、じゃあセノトたちも来たことだし、行きましょうか」
今はまだ立ち止まるわけにはいかない。どんなことでも前に進まなければ。
強い光を宿した彼女の瞳を見返した五人はそれぞれに頷くと、公園をあとにした。



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