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07 : 第七話




未だに頭の中を整理できないでいる。
中枢建物より幾分離れたところにあるそこは桜の木がたくさん立っていて、どれも淡い花を満開に咲かせていた。
浩輔はその中で一際濃い花を咲かせた桜の木の根元に腰を下ろした。
時折流れてくる暖かい風が彼の青い髪をなびかせる。
少し疲れたかもしれない。
ほうと息を吐き出したとき、小さく芝生を踏む音が耳朶を叩いた。
「あ、浩輔ー」
さくさくと音を立てながら駆けてきたフィアナは浩輔の姿を認めて手を振る。
「どうしたんだ?」
少し慌てていたように見えたので首を傾げて尋ねてみたが、そういうわけではないらしくフィアナは浩輔を探してたの、と無邪気に笑った。
ふいにその笑顔に重なって先ほどの彼女の表情が脳裏に浮かんだ。

わたしはリオナと一緒にいたい。だから探すの。

覚悟とともに話した彼女の瞳が、また浩輔を迷わせる。
頬を滑った涙を彼は視線を逸らすことができなかった。それは彼女の思いだから。
そして同時に思った。
本当に自分なんかが彼女の力になってやれるのか、と。
いつのまにか考えに耽っていた浩輔はフィアナの声にはっとなって現実に引き戻された。
「ねぇ、浩輔はいつ人界に戻る?」
その声に少女の顔を見ると、かわいらしく首を傾げていた。
歩けるまでに回復し、本調子になりつつあるが、浩輔は今朝目覚めたばかりである。
それを慮ってフィアナは問いかけたのだろう。
先ほど蓮呪に聞いたところ、人界では今日は日曜日だそうだ。学校は休みで、浩輔としては今日辺りがいいと思う。
フィアナは彼に無理はしてほしくないので、本当のところはいつでもいい。
思案顔を作っている浩輔の表情を見ていたフィアナは黙って彼の返答を待つ。
「できれば早く帰りたいな……」
人界にいる片割れのことを思い浮かべた浩輔はいやに真面目な顔で結論を出す。
母親がいるのでそれほど心配することはないだろうし、むしろ心配をかけているのは自分のほうであることも知っている。
それを考えれば、早く帰って安心させてやりたい。
「自分勝手なのはわかってるけど、やっぱり洋輔が心配だ」
申し訳なさそうに苦笑を浮かべると、フィアナはううんと首を横に振った。
「そんなことないよ。わたしのせいで浩輔に、白界に来てもらわなくちゃいけなくなったんだから、気にしないで。あとで蓮呪に言ってくる」
彼が人間なのはわかっている。見た目は変わらなくても、やはり自分たちとは違うのだ。
フィアナは花のようにふんわりと微笑むと、蓮呪への報告は後回しにして彼女も浩輔の隣に腰を下ろす。
年中咲き続けるこの桜たちは散ることがない。いつも綺麗は華を咲かせているこの桜が、フィアナは好きだった。
「ここにね、リオナと来るのが好きだったの」
ふいに話し出した少女は風になびく髪を手で押さえて、桜の花を仰ぎ見る。
小さい頃はよくここに遊びに来た。特に他より若干濃い花を持つこの木がお気に入りだった。
しかしある日を境にここには来なくなった。来るのが辛かったのだ。
――一番大切な人がいなくなってしまったから。
また来れるようになったのは、仲間や友達ができたからだと思う。
「今もここは特別な場所なんだよ」
うれしそうに笑うフィアナの笑顔には少し翳が混じっていたが、浩輔はあえて見ない振りをした。
きっと自分では気づいていないのだろう。
代わりに浩輔は彼女の視線の先と同じ、桜の花を見上げた。
「この桜、他と少し違うよな。なんか気配が違うって言うか……」
上手い言葉が見つからないが、とにかく何かが違う。
するとフィアナは驚いたように軽く目を瞠ると、静かに頷いた。
「すごいね、わかるんだ。これはレイカだから、他の桜と違うんだよ」
感心している彼女が言った何気ない言葉に、浩輔は一瞬自分の耳を疑った。
今、この木はレイカだと言わなかったか?
レイカは自分を白界に連れてきてくれた精霊だったはずだ。
頭が混乱してきた。
「レイカってあの人だよね。この木もレイカ?」
おそるおそる尋ねてみたが、返答は変わらない。
するとフィアナは説明をしてくれた。
「レイカは精霊だから、この木が宿体なの。あの姿は神気で人型に実体してるんだよ」
だからこの木も神気を宿している。
白界のように神気が届く場所でなら、本来蓄えている本人の神気を使わずに実体できるのだが、人界など範囲外になると蓄えている神気を使うことになり、長時間実体していられないのだ。
精霊も完璧な存在ではない。むしろ自然がなければ生きていけない、脆い存在である。
「そういうことか」
ようやく納得した浩輔である。
しかしここへ来て理解した。やっぱり壮大で完全にファンタジーな世界だ。
彼女に会わなければ、この世界のことを知ることはなかった。
もう後悔はしたくない。だったら、後悔をしないように自分にできる最善の選択をしていけばいい。
自分はこの少女に応えたのだ。
それを裏切らないように、彼女を信じていたい。



第七話終わり



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