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07 : 第七話




それから藤たちが到着したのは、電話から二十分ほどが経ってからだった。
「早かったな」
玄関ホールまで通されていた藤とクロカの姿を認めた島崎は彼の意外性に微かに驚いていた。
「まぁね。歩きながら電話してたからね」
どうせ島崎のことだから誘っても了承してくれるということで、勝手に彼の都合を決めていたのだが、案の定何の予定もなかった。
その事実に少し腹が立ったが、いつものことなので適当にやり過ごし、そうかと返して視線をユアに向ける。
少々刺々しい雰囲気が漂っているように感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。
まぁ、その理由は知っているが。
「で、結局詳しいこと言わねぇで電話切りやがって」
具体的にどうするんだ、と聞いたのにその話の途中で向こうから通話が切れたのだ。
そのあとしばらくの間、呆然と受話器を眺めていたユアは確実に苛立っていた。
「ああ、あれね。だって藤くんの携帯電話が充電切れだったんだもの。しょうがないわ」
それは暗に私のせいじゃない、と言っているのだが、ユアの怒りの矛先はあっさりと藤に向けられた。
「こいつのせいか」
「えぇ〜?だって………。……すいません」
充電をしていなかっただけでそこまで怒られるのは、なぜか釈然としない。
言い返そうかと試みた藤だが、彼の視線に気圧されて素直に謝った。
「それで方法なんだけど、武器を中心に修行をしたいの」
最近神呪ばかり使っていたので、武器での戦闘が疎かになっている気がしたのだ。
もともとクロカは神呪が得意なのだが、それだけでは力不足であることも事実である。
おそらく葵と戦うためにはどちらの戦闘力も上げておいたほうがいいだろう。
「たしかに。まぁ、俺は武器が中心だから別にいいけど?」
「じゃあ、決まりね。場所はどうしようか」
頷いたユアにクロカは満足そうに笑みを浮かべると、口許に手を当てて考える素振りを見せる。
この辺りの空き地などを使えば近くていいのだが、何せ人には見せられないので、できれば全く人が寄り付かない場所がいい。
しかしはたしてそんな条件のいい場所があるものだろうか。
「それならこの街の外れに公園があるんだけど、あそこは滅多に人が来ないし、たぶん大丈夫だと思うよ」
意外に藤がそう提案し、二人の様子を窺う。
記憶にある公園というか広場は街から離れているため、足を運ぶ人はいない。それに遊具もないので、余計に人目から遠ざかっている。
昔に一度だけ行ったことのあるので、うろ覚えだがだいたいの道はわかる。
どうするかを聞くと、ユアが意外そうな目を向けてきた。
「たまには役に立つんだな。馬鹿担当かと思ってた」
「うわ、ひどっ。俺だってまじめに考える時だってあるよ」
「ふぅん。まぁ、それは置いといて。他に思いつくとこないし、そこでいいよな」
適当なところで藤との会話を終わらせたユアはクロカを見て尋ねると、彼女はええ、と頷く。
そうして四人は屋敷を出た。



外は相変わらずの快晴で、朝であるにも関わらず蝉たちがせわしなく鳴いている。
歩き出してそれほど時間は経っていないのだが、早くも藤は疲れていた。
「あぁ……暑い〜。溶けそう……」
初めの方はきびきびと歩いていて上機嫌だったのに、途中からこの暑さに文句を言い始めた。
聞いているほうは鬱陶しいことこの上ない。
ユアも比較的暑いのは苦手なので、彼の不満に苛ついていた。
「ああ、もうっ。さっきからうるせぇんだよっ!!。黙って歩けねぇのかっ」
お互い暑いのは仕方ないが、それでももう限界だ。
ついにユアが牙を剥いた。
「……すいません……」
さすがの藤も彼の気迫に呑まれ、素直に謝った。
「だって、暑いんだもん」
「そりゃ、夏だからしょうがねぇだろ」
怒ったせいで暑くなったのか、もうすでにユアも普通に会話をしている。
関わってとばっちりを食うのは嫌なので、少し離れて歩いていた島崎は彼らの会話に頭を抱えたくなった。
しかしその横を歩いているクロカは面白がっている様子だった。
「まったく、見てるだけで暑苦しいわ。でもあの二人が普通に会話してるのは面白いかも」
二人の背中を見ていたクロカは笑みを湛えながら、そんな独り言を言っている。
そういう彼女は暑さを感じているふうには見えず、島崎は自分より低い位置にある橙色の瞳を見下ろす。
「お前は平気そうだな」
疑問に思ったことを尋ねてみると、視線を彼に向けてクロカはどちらかというとね、と曖昧な返事を返した。
「私の持ってる神気は炎でしょ?耐性っていうのかしら、ある程度の暑さはあまり感じないのよ。でも逆に藤くんは辛いはずよ」
「氷だからか」
彼女の話に合点がいった島崎はそう確信すると、クロカは頷いてみせた。
しかし体質に影響が出る神気はほとんどないが、相性はある。彼女の場合、夏のこの暑さでも平気でいられるが、冬になると人一倍寒さを感じることになる。
「島崎くんは大丈夫ね。強いて言うなら、そうね風の変化を感じれることかしら」
常人では感じることのできない微弱な風の変化も、その風が運んできたものを読み取ることも、あるいはできるかもしれない。
しかし島崎には実感があまり湧かない様子だった。
「あまり使うことはないと思うし、たぶん今のままでは感じられないわ」
神気を使うことができるなら、クロカが言った風を感じられるが。
それでも影響を受けるよりはマシだ。
そう思った彼はふと昔のことを思い出した。
「そういえば、あいつは昔から夏が苦手だったからな」
小さい頃から一緒だった彼らはお互いのことをよく知っている。
藤は夏になると苦手というのを通り越して異様にバテていたので、これで辻褄が合ったということだ。
「覚醒していなくても神気はその宿主の心臓だからね」
クロカは紫苑の瞳を見返し、そう締めくくる。
神気は守護神の心臓だ。奪われれば死ぬし、それを狙っている獣もいる。
ふいに彼女が言った言葉を思い出し、島崎はなんとも言えぬ表情をした。
それには気づかなかったクロカは前を行く藤の隣に移動すると、容態を尋ねる。
「大丈夫?藤くん」
「まぁ、なんとか」
彼の顔を見ると、熱があるみたいに頬がほんのり赤くなっている。
やはりこの暑さでも氷の属性である彼には相当堪えるようだ。
「仕方ないわね。少し休憩しましょうか」
これ以上歩いたとしても、疲れがある状態で修行をしても身にはつかない。
前方に見えた公園を指差したクロカは三人を見る。
反対を唱える人はいなかった。
それから四人は公園へと入り、藤は真っ先に木陰に置いてあるベンチに座った。
だらしなく背もたれにもたれかけ、ほうと息を吐き出した。
やはり木陰は涼しいものだ。
その様子を見ていたユアは公園を見渡し、数日前のことを思い出す。
そういえば、ここで彼らに自分たちのことを話したのだ。そのときはまさか了承してくれるとは思っていなかったので、何度も念を押して呆れられてしまった。
それがまだ昨日のように思い出せるというのに、もう何日も経ってしまったのだ。
「……。……なぁ、最近セノト見てねぇか?」
過去を思い起こしていた彼はふいに気づいたことにクロカを見る。
言われてみれば、この数日彼の姿を見ていない気がする。
「たしかに、見てないわね」
「洋輔のとこにいるんじゃないの?」
二人の会話に藤が口を挟むと、クロカは視線を彼に向けて考える素振りをする。
セノトはいつも神出鬼没なので、仲間である彼らにもセノトの居場所は見当もつかない。
でもたしかに洋輔の家にいそうな気はする。
もともと彼は団体行動をあまりしないので、現在もどこで何をしているのかはわからないし、たまに意外なところでぼーっとしながら日向ぼっこをしているときもある。
彼は昔から自分のことを必要以上に話そうとはしなかった。今思えば、セノトのことは両親がいないことくらいしか、家庭に関する情報を知らない。
それでも光の守護神である洋輔には少しずつだが、心を開いているように見える。
「洋輔くんとこね。どうする?一応声かけとく?」
藤に落としていた視線を再びユアに戻すと、首を軽く傾げる。
少なくともセノトも戦わないといけない相手がいる。それも最強の神気を持つナフィネルだ。
それを考えると、彼にも声はかけておくべきだとクロカは考える。
「そうだな」
もしかすれば行かないと答えるかもしれないが、それはそれでいい。
「じゃあ、探してくるからお前らはここにいろ」
藤を見たユアはしょうがないといった体で肩をすくめると、そう提案する。
少しでも休憩していたほうがこの暑い日差しの中を歩いていると倒れる心配はない。
その言葉に虚を突かれたクロカは信じられないといったふうに軽く目を瞠った。
「珍しいわね。あんたがそんなこと言うなんて」
いつもなら蹴り起こしてでも連れて行こうとするのに、どういう心情の移り変わりなのか。
「いちいちうるせぇんだよ、お前は。俺が行くって言ってんだから素直にお願いしますって言えばいいじゃねぇか」
「はぁ?別に私はそんなつもりで言ったんじゃないわよ。あんたこそ、いつもひねくれているじゃない」
「それはお前だろ。自覚ないのか………っ」
さらに言い募ろうとするユアの頭を激しく叩いた島崎は盛大にため息をついた。
この暑い中、よくケンカができたものだ。
「暑いのにケンカするな」
まったく、見ているこちらが暑くなる。
「……なんで俺だけ。先に言ってきたのあっちじゃねぇか……」
どうしても釈然としないユアは島崎を軽く睨んで訴えるが、彼は別段堪えた様子はなかった。
「それで探しに行くんだろ。洋輔の家なら知ってるから俺も行く」
どうせユアは彼の家を知らないのだから、おそらく住宅街を片っ端から探そうとしていたのだろう。
これだけ一緒にいれば嫌でもユアの扱いには慣れる。
普通に対応をし、まだぶつぶつと文句を並べている彼にはおかまいなしに話を進めていく。
藤はその慣れた様子の親友に妙なところで感心していた。
「ほら、さっさと行くぞ」
最終手段に出た島崎はユアの腕を引っ張ると、そのまま公園を出て行った。



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