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07 : 第七話




今日も快晴で梅雨に入ったばかりなのにこのところ晴れの日が多い。
外は晴れ渡り、暑いのには変わりないが気持ちのよさそうな天気だ。それなのに、彼の気分は曇っていた。
「はあー……」
珍しく大きなため息を吐き出したユアに首を傾げた島崎は本に落としていた視線を彼に向ける。
「どうしたんだ?」
「……いや。本当によかったのか?」
窓辺に腰を下ろした彼は島崎の紫苑の瞳を見ると、少し考えた後に呟いた。
しかしその主語のない質問の意味がわからずに微かに眉根を寄せる。
「だから、俺は別に外でもいいし……」
言いにくそうにそこで切られた言葉だが、その先を読み取った島崎は虚を突かれたようにして軽く目を瞠り、続いて吹き出した。
「遠慮してるのか?俺はいいと言ったんだ。お前が気にすることじゃないだろ」
意外とこういうことには神経質になるのかもしれない。
笑われたことにむっとしたユアだが、息を吐き出すと視線を庭に下ろす。
「別に遠慮してるわけじゃねぇよ。ただ……」
家はその家族を守るバリアーのようなものだ。その中に知らない奴が入ることで崩れてしまうかもしれない。
それに協力してもらう上に世話になるのは悪い気がしてならない。
昨夜彼の家に来て絶叫したのを、今でもすぐに思い出せる。
広い庭にとてつもなく大きな家。いや、むしろ屋敷と言ったほうがいいだろう。
その庭を横断する石畳を歩いて玄関に行くと、老執事が出迎えてくれてさすがのユアも開いた口が塞がらず、言葉も出なかった。
あとで聞いた話だが、島崎の両親は幼い頃から共働きをしている。母親は現在アメリカでデザイナーの仕事をしていて、父親も関西のほうに単身赴任中だということだった。
実質この屋敷で生活をしているのは島崎だけで、あとは数人の使用人が寝泊りをしている。
今更一人増えたところで変わりはないと言っていたので居候させていただいているのだが、ユアにとってどうもこの環境は慣れなかった。
「そのうち慣れる。それに外なんかにいられれば俺が気になるだろ」
「……う」
確かに暑い中に外で生活されていれば、誰だって気になるに決まっている。
言葉に詰まったユアは小さくそうだな、と答えて肩の力を抜いたが彼は納得していない様子だった。
すると肩を落とす少年を呆れたふうに見ていた島崎はふいに一階で鳴り響いた電話のベルの音に気づき、扉のほうを見る。
「電話みたいだな。ちょっと行ってくる」
この会話は今に始まったことではない。昨日からこれで三回目だ。
適当に終わらせると、本をベッドの上に置いて立ち上がる。
この電話はどうせ自分宛だろうから、ひとつでも執事の手間を省かせるためにそう言い、扉を開ける。
電話の相手はおそらくあいつだろう。
廊下に出た島崎は、しかし背後から聞こえた声に立ち止まった。
「俺も行く」
こんな広い部屋に一人で残されてたまるか。
そういう心が若干垣間見えたが、あえて口にはせずに無言で頷いた。
階段を下りて玄関ホールの奥に行くと、執事の佐藤が電話の応対をしていて視界の隅に屋敷の主の息子の姿を認めて軽く頭を下げる。
それから電話に少し待ってもらうように言ってから、島崎に代わる。
「ご友人からでございます」
白い髭を蓄えた老人は穏やかな笑みを浮かべる。
彼は幼い頃から島崎に仕えていてあまり友達がいないことを知っている。それが今では友人と呼べる人ができて、彼は自分のことのようにうれしいのだった。
「わかった、ありがとう」
島崎は佐藤から受話器を受け取って微笑むと、受話器に耳を当てる。
途端、能天気な声が聞こえてきた。
「おっはぁ、島崎〜」
その一言で頭を抱えたくなった。
いや、予想していなかったわけではないが、どうして朝からこれほどテンションが高いのかが不思議だ。
「それで、いったい今日は何の用だ」
二つ三つ言いたいことはあるわけだが、それを言う気にもなれないので単刀直入に尋ねると、藤は電話越しでも気配でわかるような笑みを浮かべる。
「ちょっとクロカちゃんがユアに話があるんだって。で、ユアそこにいる?」
珍しく藤の私用ではなく、別の用件であるため島崎は訝り、近くにいたユアを見る。
「……?」
こちらを一瞥されたユアは首を傾げていたが、島崎は視線を逸らせるとわかった、と小さく頷く。
そして受話器を彼に渡した。
「……?え、何?」
電話の内容はもちろんわからないのに、いきなり受話器を渡されても困る。
疑問符を頭にいっぱい飛ばしながら首を傾げるユアに島崎は短く説明する。
「クロカがお前に話があるそうだ」
「……は?」
用がある人物を聞いて彼の疑問符はさらに増える一方だ。
どうしてあいつが自分に用などあるのだろうか、とわけがわからないまま電話に応じると、受話器の先から待ちくたびれた様子のクロカの声が聞こえてきた。
「遅い。早く出なさいよね」
「……っ。うるさい」
わざとらしく言ってくる仲間に即答で返し、ユアは不機嫌そうに用件を尋ねる。
「ちょっとね、修行でもしようかと思って。綾夜が動き出してるし、あの人も。今から行っていいかしら?」
「……」
穏やかに問いかけてくるクロカに、しかしユアは答えなかった。
彼女は気づいていた。葵があの場にいたことを。
クロカたちがあの場所に到着した頃にはすでに綾夜を連れて去った後だったので、今まで記憶の隅に追いやっていた。
答えない彼を訝しげに思ったクロカはどうしたの?と聞くが、それを遮って小さく問いかけた。
「……やっぱり、殺す気なんだな」
その質問に虚を突かれた彼女は少し返答に窮するが、すぐに小さく頷いた。
「決めたからね」
わかっているつもりだ。
彼女がどれほどの覚悟を持っているか。仲間の誰もが知っている。
自分が何を言っても彼女は必ず兄を殺す。それを覆すことはできない。
ほうと息を吐き出したユアは前髪を掻き揚げると、努めて今の気持ちを押し殺す。
「で、具体的にどうするんだ?」
修行と言っても方法はいろいろあるので、ユアにはわからない。
それを問うたところクロカはある提案をした。



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