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06 : 第六話




基本的に白界と人界は同じ時間の流れ方をしているので、人間が住む世界でも朝を迎えていた。
いつも洋輔を起こしにくるのは浩輔の役目なのだが、彼が不在のため代理を務めているのが、母親の真弓(まゆみ)だった。
「洋輔、朝よ」
真弓は優しい声音で、微笑を湛えながら彼の身体を軽く揺する。
するとう〜んという唸り声が聞こえ、ごろんと寝返りを打って仰向けになる。
「………?浩、輔……?」
ぼんやりとする視界に人の影を捉えて、彼は呟いた。
いや、違う。浩輔じゃない、母さんだ。
あの子はまだ帰ってきてないんだった。
でも母さんと浩輔は本当にとてもよく似ている。
蒼い髪は肩を少し越えた辺りで、それを首の後ろで一つに束ねている。
自分たちと同じエメラルドグリーンの瞳はいつも微笑んでいて、優しい面差しだ。洋輔は彼女の笑顔が大好きだった。
そういえば、自分の記憶にある中では母親に怒られたことがない。いつも叱る役目は決まって父親である。
洋輔と浩輔は一卵性双生児なので顔が似ていて、幼い頃はどちらか見分けがつかなかった。そしてその母親である真弓は浩輔ととても似ているので、後ろ姿は父親でも見間違うほどだ。
両親は自分たちのことを同等に見てくれていたが、周りの人はやはり長男を意識する。弟である浩輔がいつも引け目に見られていた。
ただ生まれてきた順番が少し違っただけなのに。
だから浩輔は双子という枠を一番嫌っていた。
そんなことをぼんやりと考えていた洋輔は眠そうな両目を手でこすり、ゆっくりと起き上がる。
「おはよう、洋輔」
「……うん、おはよ…ぅ……」
いったん起き上がったところまでは順調だったが、挨拶を返し終わる前に彼の意識は再び沈み始め、ぱたりとベッドに倒れこんだ。
「あ、洋輔。寝ちゃダメよ。遅刻するわ」
また寝息を立て始める息子を真弓は必死に揺り起こす。
その様子を窓の外から眺めていたセノトは、軽く息を吐き出した。
昨日あれだけ騒いで寝付くのが遅かったのだから当たり前だろう。



それから家を出たのは結局八時を過ぎた頃だった。
彼らが通う中学校は八時半に朝のホームルームが始まるのだが、今から急ぎもしないで普通の速さで歩いていては遅刻は決定である。
しかし洋輔は別段急いだ様子もなく、ついてきたセノトに他愛のない話を一人でしていた。
教室に入ったのはすでに八時半をゆうに過ぎ、彼はあまり悪気のない声音で先生に謝ると席につく。
洋輔の席は窓辺の列の真ん中辺りで、その後ろには友達がいる。
「なぁ、洋輔。今日も遅れてきたってことは、浩輔まだ休みなのか?」
椅子に腰を下ろして鞄から筆記用具を出していた洋輔に、先生に気づかれないように落とした声が聞こえてきた。
その声に彼は肩越しに振り返ると、考える素振りを見せる。
「うん。まだ熱が下がらないんだって」
同じように小声で答えて、意味もなくにっこりと笑みを浮かべる。
「そっか。浩輔も大変だな」
「そうかもね」
しかし本当は矛盾していて、皆に嘘を教えている。この学校で真実を知っているのは、三年の藤と島崎だけだ。
学校では風邪をひいて休みになっているが、家では友達の家から通っていることになっている。島崎が協力してくれているので、両親には彼の家にいることを伝えてある。
それでも親の承諾なしに無断で友達の家を出入りしているとなると、帰ってきたときにまず説教は確実だろうが、それくらいは覚悟しておいてもらわなければ。

……早く帰ってきてよ、浩輔。

やっぱり彼がいないと何かが物足りない。



☆☆☆
校門前で洋輔と別れたセノトはいつものように非常階段から屋上へと上がり、そこで先客に声をかけられた。
「遅かったのね、セノト」
突然かけられた声に動じたふうもなく、視線を上げるとクロカとユアの姿を確認する。
しかし二人は近くにいるとケンカするかららしく、少し距離を取っていた。
「洋輔が家を出るのが遅かったからな」
離れている二人には別段気にしたふうもなく、クロカの言葉に朝の母親とのやり取りを思い出して肩をすくめる。
彼女は軽く想像すると、くすりと笑って納得した。
「フィアはまだ戻ってないのか?」
話に入ってきたユアは彼の傍に移動しながら尋ね、返答を待つ。
「まだ戻ってきてない。でも何かあれば蓮呪が報せてくるだろうから今のところ心配はないのだろう」
彼のことは誰よりもよくわかっている。おそらく手に負えなくなれば助けを求めてくるだろう。後が怖いから。
ユアはそうだな、と返すとほうと息を吐き出す。
結局正式にはフィアナと会えていないのだ。自分は彼女の顔を見たが、対面したわけではない。
早くいつものフィアナの笑顔が見たい。
彼は花のような少女の笑顔を思い浮かべる。
暦ではもう六月も中頃に差し掛かっている。本格的に夏がやってくる頃だ。
まだ昇りきっていない朝の日差しが三人を照らしていた。



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