≫ No.3

04 : 第四話



ずっと浩輔の後を追っていたフィアナはふと何か違和感を感じた。
いつのまにか人の多い大通りから離れていっている。
全く人気のない空き地まで来ると、少年は足を止めておもむろに彼女を振り返った。
「なんでついてくるんだ」
フィアナが後をつけてきていることに初めから知っていたのか、途中で気づいたのかはわからないが、睨みつけるような視線で問いかけてくる。
「ごめんなさい。でも君のことが心配だったから。もうすぐ魔神が動き出す。だから………」
どうしても彼を前にしていると、いつもの平静さがどこかに消えてしまう。
声が震えて、それを押し殺すので精一杯だ。
しゅんとうなだれるフィアナに苛立ちを隠せない浩輔はさらに鋭く彼女を見返す。
「ねぇ、お願い。わたしに関わらなくてもいいから、ひとがいっぱいいるところに戻ろうよ。一人じゃ危ない」
せめて彼を人がたくさんいる場所に連れて行かなくては。
しかし焦る気持ちが余計に空回りし、浩輔を苛立たせる。
「お前、昨日から何なんだよ。闇の守護神だとか、魔神とか、わけわかんないことばっかり。何の説明もしないくせに指示されてもわからない」
彼女に会ってから何かが変わった。いや、今も変わり続けている。
ずっと考えていた。この少女の言う言葉の意味が何なのか。でもいくら考えたって、教えられてもいないことが独自でわかるわけがない。
なら、それをちゃんと伝えないとここから進めない。
「…そうだよね……」
たしかに彼の言うとおりだ。
自分も何もわからない状態で、危険だの早く街に戻れだの言われても素直に従えるはずがない。
拒絶されるかもしれないという恐怖から逃げていた。
「ごめんね。今からでも話すよ。聞いてくれる?」
でももう先に断られているのだから、今更傷づくこともない。
フィアナは話す覚悟を決めた刹那、突然感じた気配に全身が凍ったように動かなくなった。
「……!」
言うことを聞いてくれない身体を叱咤しながら、ゆっくりと後ろを振り返った先に人影を認めて彼女の心臓がどくんと大きく脈打つ。
彼が浮かべる残虐な笑みに浩輔も目を逸らせないでいる。
「綾、夜……」
唐突に仲間の言葉が脳裏をよぎった。
綾夜が動き出しているから気をつけるように、と言っていた。
今の自分が戦ったとしても勝ち目がないことは明らかだ。いや、たとえ闇の力を借りられたとしても綾夜に勝つことは難しい。
フィアナは一歩後ろに下がって、相手の出方を窺っていると、それに気づいた綾夜は肩をすくめる。
「あの四人の中で一番弱いお前には別に興味はないけど、お前の行動はなんか腹立つから先に殺しとくことにした」
そう言って彼は彼女の背後にいる人間の少年を見る。
また拒絶されたのか。どれほど願おうと所詮人間は自分の身を一番に考える。
それなのに諦めないフィアナが勘に障る。
たしかに自分の持っている桜の神気は攻撃と防御の神呪を持つ代わりに、どちらも中途半端である。それにどちらかといえば防御系の神呪が多い。
しかしそれを知った上で契約したのは自分だ。今更何を言われようと、変える気もない。
綾夜が腰に差していた短剣を抜いたのを、ただじっと凝視していたフィアナはおもむろに浩輔を振り返った。
「ごめんね。巻き込むつもりはなかったの。でも今言ってもただの言い訳にしかならないね。君だけは絶対に守るから」
苦笑気味に作り笑いを浮かべると、視線を綾夜に戻し、戦闘態勢に入る。
小さく呟かれた言葉は確かに浩輔の耳に届き、彼は軽く目を瞠った。
綾夜は無駄だと言わんばかりに口許に嘲笑を乗せると、持っていた短剣の刃で自らの腕を切り裂く。
「……っ」
鮮血が舞い、腕に筋を描いてばたばたと地面に滴る。
彼は微かに表情を歪めるが、それはすぐに笑みへと変わった。
血の神気はこの世に存在する神気の中で最強の攻撃力を誇ると謳われている。
しかしそれには欠点がいくつかあり、そのひとつが所有者の血を代償にするということだ。
ゆえに使いすぎると死に至ることもある。それを彼は知った上で、あえて使っている。
瞬く間に赤く染まっていく自分の腕を一瞥した綾夜は痛みを感じないのか、顔色を変えずに平然としている。
そして先制攻撃を仕掛けた。
「”四散しろ、血の雨を降らし針のように突き刺され 血雨(けつう)”」
かざした手を流れる血が小さな雫となり、宙を浮くとそれは瞬時に固まり、雨のようにフィアナに降り注ぐ。
「……!」
今ここで避ければ、確実に後ろにいる少年に当たる。
フィアナは浩輔を背後にかばうと、両手を広げて神呪を唱える。
「”淡く散る桜の花、消化する盾となれ 桜季(おうき)”」
大量の花が弾けるように二人の前に現れると、刹那のうちに彼らを包み込み、血の雨を相殺する。
「けっこうやるじゃん」
いつもユアや他の仲間に守られてばかりだが、一人でもある程度は戦えるようだ。
意外なことに綾夜は珍しく感心する。
しかしあれが彼女の限界であることも綾夜は気づいている。彼はもう一度手を空に掲げると、血の針を形成する。
合図とともに再びフィアナに向かって飛び交う。
「…!”桜季(おうき)っ”」
すばやく反応したフィアナは桜の花を召喚するが、先ほどより半分の花びらしか具現化しない。
何とか持ち堪えられたが、おそらく次は防ぎ切れない。
やはり一人では何もできないのか。
彼女の柔和な表情に口惜しさが滲む。
しかしここは何が何でも守り通さなければ。無関係の浩輔を巻き込んでしまったのだから。
圧倒的な力の差だが、彼女の瞳には強い光が宿っていた。



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