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確か待ち合わせは夕方の五時に住宅街の中にある公園だと言っていた。
今日は一日中そのことが頭から離れず、珍しく授業も上の空だった。
五時になるまで校内で時間を潰していた二人は、少し早めに指定の場所に向かう。
心の中ではいろいろと矛盾が渦を巻いている。
このまま指定の場所に本当に行っていいのだろうか。少なくとも藤はその気になっている。
でも知って後悔するかもしれない。どう考えてもあの二人は人間ではないし、危険が伴うとも言っていた。
「本気で行くのか?」
いつも自分には決断力というものが欠けている。わかっていることだが、どうしても他人の意見を頼ってしまう。
島崎の再度確認する問いかけに藤は笑ってみせた。
「まぁ、いろいろと信じられないけど助けてもらったのは事実だし、話だけ聞いてもいいんじゃね?それにあの子かわいかったし」
「あくまで本音はそっちか」
いつにもなく真剣な意見を述べているので感心しかけたが、その気持ちは一瞬で消え去った。
「いやいやいや、俺はちゃんと考えてるよ?あの子がかわいかったってのは認めるけど、それだけじゃないっていうか……」
妙に歯切れの悪い物言いのあと、藤は口許に手を当てて考える素振りをする。
「なんか、助けてほしそうな感じだったから」
一瞬だったので見間違いという可能性もあるが、去り際に見せたあの表情が何かを訴えているようで、そのことがずっと頭から離れない。
それは島崎も感じていたことだった。
「俺らにできることなら助けてやりたいっしょ?」
「かわいかったしな」
「え、ち、違うって。別にかわいさが問題なわけじゃなくて、困ってたら誰だって助けるよ」
自分では良い事を言ったと思っていたが、島崎の一言で全てが説得力を無くす。
その間違った解釈をしている親友の誤解を解こうと、必死に否定するが軽く受け流される。
呆れた島崎は無理矢理話を終わらせると、さっさと歩き始め、出遅れた藤があとを追ってくる。
公園に着いたのは指定された時刻より十分ほど早かったが、昨日の二人はすでに待機していた。
「君ら早いね」
少し待つかと思っていたが、逆に自分たちのほうが遅かったようだ。
感心の気持ちが入った藤の言葉にクロカがくすりと笑う。
「まぁ、昨日からここにいたからね」
「ふぅん……って、昨日!?」
「よく補導されなかったな」
何気なく言われた言葉に納得しかけた藤だが、よくよく考えてみて絶叫する。そのあとも島崎が緊張に欠けた感想を述べる。
「俺らは基本的に食事も睡眠も摂らなくても支障はないからな」
「何度かおまわりさんに声かけられたけど、あしらったわ」
彼らの答えに二人は返す言葉も見つからなかった。
それを気にしたふうもなく、クロカは一度呼吸を整えると本題に入る。
「それにしても、ホントに来てくれるとは思わなかったわ」
普通なら自分から厄介事に巻き込まれるようなことはしない。特に人間という生き物は。
それに彼女たちは明らかに人間ではないのだ。そう簡単に言葉を信じられるものなのだろうか。
それだけ裏切られた経験がなく、無垢であるから初対面でも簡単に信じる。それも人間の特徴だ。
しかし来るという保証もない中で、彼らは来てくれたのだ。少しは希望がある。
「とにかく、昨日のことを話すわ。その他にも話さないといけないし」
クロカは二人の顔を交互に見上げ、彼らにもわかる言葉を整理しながら話し始める。
「まず私たちが人間じゃないことは知ってるよね。私たちは一般にファイネルと呼ばれる種族で、
この世界とは別にある白界という世界から来たの。どうしてもやらなくちゃいけないことがあるからね。
それで、昨日出した炎だけど、これは精霊の力なのよ」
そう言って実際に指先に小さな炎を灯してみる。
それは昨日のものとは威力も、そこに込められた神気も違うが、彼らが理解するには十分だった。
「それくらいの大きさなら便利そうだけどな。いろいろとできそうじゃん」
彼女の指先に灯った火を眺めていた藤は日常的な意見を述べる。
その発言に虚を突かれたクロカは苦笑いを浮かべる。
「そんな発想したの貴方が初めてよ。確かに生活するのには火は大事だからね。
でもこれはもともと戦闘用よ。あまりそういう用途には使わないわ」
でももし今の目的もなく、戦わなくていいのならきっとそういう考えもできただろう。
クロカの表情が一瞬翳りを帯びたが、すぐにそれを打ち消すと続きを話す。
「これくらいならなんともないんだけど、今の私じゃ昨日くらいの火力が精一杯なのよ。精霊も完全じゃないからね。
それでこの力は守護神と呼ばれる人間が宿す神気を受けることで本来の力を発揮することができるということよ」
「それで、その神気というのを持っているのが俺たちというわけか」
大まかに理解した島崎が口を挟み、それにクロカは無言でうなずく。藤は理解していない様子だった。
理解はしたが、島崎にもにわかには信じ難い。
それにユアが補足を付け足す。
「昨日襲ってきた魔神はお前らを狙ってたんだ。あいつらは神気を糧にして生きてる」
魔神の神気を感じ取る能力は優れている。どんなに抑制された小さな波動でも見分けることができる。
奴らが彼らを狙ってきたとすると、確実に神気があるということだ。
「あいつらに襲われたのが証拠だ。それにたぶんこの先も狙われるだろうな」
魔神は一度定めた獲物は逃がさない習性を持っている。
仲間意識があるのかはわからないが、別の魔神が近くいるかもしれない。
ユアの言い方は厳しすぎる気もするが、事実を先延ばしにすることで今以上に危険にさらされる可能性もある。
「なら、結局はお前たちに協力するしかないんじゃないか?」
協力してもしなくても魔神が襲ってくるのに、自分たちでは対処できるわけがない。
少なくとも戦える彼らが必要ということだ。
島崎の解釈に耳を傾けていたクロカはそこまでは考えてなかったというふうに手をぽんと合わせる。
「たしかに、貴方の言う通りね。でも魔神は人気のないところとか、日の届かないところに生息するから、
それさえわかっていればいくらでも対処法はあるわ」
毎日気を張るのは疲れるが、ポイントだけでも押さえておけばそれほど神経質にはならなくてもいい。
それに最近では魔神の数は減ってきていて、頻繁に遭遇するということもなくなってきている。
「なるべく一人では行動しないようにすればいいわ。そんなに人気のないところは行かないでしょ?」
具体的な解決法を教えるクロカの表情をうかがいながら、藤は日頃の行動を見直す。
「まぁ、出かけるって言ってもほとんど街だしな」
「なら大丈夫よ」
人間というものは我が身を一番に思う。守護神と名づけられてはいるが、所詮は人間だ。
事実を知った上で、自分たちの危険な目的のために彼らを巻き込もうとしているのだ。たとえ非という答えだったとしても恨むことはできない。
そのあと話が終わったのは、すでに日が暮れ落ち、二人の守護神はクロカたちに送られて帰宅した。
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