≫ No.2

02 : 第二話



☆☆☆
普通の学校ならば終わりのホームルームも合わせれば、四時には終わる。それはこの学校も例外ではない。
今日は珍しく呼び出しがなく、洋輔とともに帰路に着いた浩輔はふいに立ち止まった。
自分たちが歩いている道の先に少女が立っていることに気づき、洋輔も同じように足を止める。
「……!お前……」
見覚えのある小柄な少女に少年はこの上なく目を見開く。
洋輔も彼女とその隣にいる男には見覚えがあった。確か昼からの授業の時に見かけた二人だ。
彼らの不審そうな視線にフィアナの表情に微かに翳る。
「君だったんだね、闇の守護神。わたしはフィアナ」
それを努めて平静を装うと、警戒を解いてもらうように微笑む。
人界には魔神がいる。その仲で襲われる確率もないとは言い切れないが、無事でよかった。
安堵の息を吐き出すフィアナはにっこりと笑うと一歩ずつ闇の守護神に近づく。
しかしそれに合わせて浩輔は後退り、威嚇する猫のように警戒している。
「しゅご、しん……?。なにわけわかんないこといってんだよ………」
突然現れて自分だったなんて言われても理解しがたい。それに昨日のことも含めて明らかに彼女たちは人間ではないのだ。
もう会わないと思っていたのに。不安は募る一方だ。
拒む少年にフィアナは足を止め、歪んだ笑みを浮かべる。
やっぱりこの子も拒否する。
「わたしには君の力が必要なの。今はまだ言えないけど、力を貸してほしいの」
本人を前にするとどうしても心臓が早鐘を打ち、喉が凍り付いて大事なことが言えなくなる。
「なに言って……。力ってなんだよ、俺にそんな力なんてない」
彼女はいったい何を言っているのだろうか。戦うための力?知識での力?それとも別の何か特別な力?
いずれにしても自分にはそのような力は備わっていない。それなのにこの少女は何を求めているのだ。
浩輔はすぐにこの場から逃げ出したい気分だった。
しかし彼女の真剣な瞳に気圧され、足が地面に縫い付けられたかのように一歩も動けない。
フィアナは怯えたような浩輔の表情に悲しみを堪えた微笑を浮かべる。
「あるよ。君だから、その力がある。だからわたしには君じゃなきゃダメなの」
闇の神気はこの子を選んだのだ。他の誰でもないこの人間を。それが運命だ。
混乱する気持ちはよくわかる。今まで平凡だった日常が一変して、得体の知れない少女に助力を求められて。
その気持ちもすべて痛いほどわかる。だから。
「受け入れなくてもいいよ。今までどおりの生活を送ってくれてもいい」
自分に会ったことで、昨日までの生活と同じというわけにはいかないが、少なくとも命に関わることはない。
「わたしは、君が受け入れてくれるまで待ってるから」
強制はしたくない。その人の人生を決めるのはその人自身だから。
フィアナ自身もそうやって生きてきたのだから。
「お前はそれでいいのか?」
守護神の力がない限り、フィアナは十分に戦えない。
セノトは一瞬浩輔の表情を見てから、自分より頭ひとつ分低い位置にあるフィアナの紅の瞳を見下ろす。
彼の脳裏にはあの時の光景が焼きついて離れない。
必死に名を呼び続けるユアと、その腕の中で抱かれ、血にまみれてぐったりとしたフィアナの姿が。
自分はその場に居合わせていなかったので、なにが起こったのかはその場の状況だけで判断するしかなかったが、一部始終を見ていたユアはその真実を知っていた。
「大丈夫だよ。でも、もしまた同じことが繰り返されても、何も言わないでね」
彼の意図するところの意味を正確に読み取ったフィアナは薄く微笑を浮かべる。
あの時は自分の力が及ばなかっただけで、誰のせいでもない。
ただ目の前の事実だけに囚われて、誰かを傷つけるのは嫌だ。
彼女の瞳の強さはおそらく今のセノトでは覆すことはできないだろう。
彼は小さく息を吐き出すと、わかったとうなずく。
「決めるのはお前だ。俺が口を挟むことじゃない」
「うん、ありがと。じゃ、いこっか」
闇の守護神はまだ受け入れていない。もしかすればあの時のようにこのまま受け入れないかもしれない。
でも、それでいいんだ。決めたのは自分自身。それも覚悟していた。
フィアナは最後に花が咲き誇るようなやわらかい笑みを浩輔に向ける。
「ごめんね。わたしのことはわすれてもいいから」
少し早まったかもしれない。でもおそらくはいつ会ったとしても結果は同じだっただろう。
今度は別の形で会えたらいいのに。
二人のファイネルは双子の横を通り過ぎていくと、商店街の方へと歩いていった。



NEXT PAGE→
←BACK PAGE

copyright (C) 2009 春の七草 All Rights reserved.