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16 : 第十六話




光が弱まっていくと、徐々に精霊の姿が見えてくる。
太陽の光のような柔らかな金髪が、神気の余波でふわりと舞い上がる。
ペリドットの瞳は丸くて大きく、少し潤んできて愛らしい。真っ白な肌はまるで雪のようで、顔は丸みを帯ていてまだまだ幼さを残す。
青のワンピースの背中には透き通った水色のリボンが大きく結われ、髪と一緒に翻る。
ユアと契約をし、彼に宿る水の精霊フォアルだ。
ユアは少女の姿をした水の精霊を見上げ、口を開く。
「フォアル、今の聞いてただろ?頼みたいことがあるん――」
「なんでこの頃呼んでくれなかったのですのっ、ユアぁぁっ!」
「……!!?」
またもやユアの言葉は遮られ、フォアルは主に抱きついておよおよと泣き真似をし始めた。
「わたくし、さびしかったんですのよ……っ」
「ちょ、フォアル……っわかったから、離れろっ」
必死になって引き剥がそうと、ユアは彼女の身体を押し返すが、精霊のちからは自分達よりも強いので剥がれるどころかますます力が増してくる。
水の精霊のテンションの高さにその場にいたフィアナ以外の人たちが、ただ呆然と成り行きを見守ることしか出来なかった。
さすがに見かねたフィアナが苦笑を浮かべつつ、助け舟を出そうとフォアルの肩を叩く。
「フォアル、とりあえず落ち着こう?」
「………?まぁ、フィアナちゃん。いつからそこにいたんですの?」
ゆっくりとした動作で振り返ったフォアルの瞳が見知った少女を捉え、嬉しさにぱっと明るくなった。
まったく周りが見えていなかったようだ。
「ずっといたよぉ」
「え、そうなんですのっ?気がつきませんでした……」
大げさに驚いてみせるが、すぐに自分がユアしか見えていなかったことに気づいてしゅんと表情が翳る。
フィアナは慌てて首を横に振り、ふわりと優しく微笑む。
「ううん。フォアルもユアのこと心配だったんだよね」
精霊は中から主に干渉することはできても、外界へ顕現できるのは主の召喚神呪だけである。
主に意志がなければ、精霊は何もすることができないのだ。それがとても歯がゆくて、時に主に腹立たしさを覚えることもある。
いつもレイカに叱咤されているフィアナは、フォアルの気持ちもわかるためあまりとやかくは言えない。
「フィアナちゃんは相変わらず優しいですわ」
神気でふわふわと浮いているフォアルは花のように柔らかく笑うと、フィアナの頭は撫でる。
そうしてふいに視線をフィアナの背後に向けた水の精霊の動作が、石になったように固まった。
彼女がじっと見つめるその先を一斉に辿ると、その先には島崎がいた。
「………?」
それに気づいた彼も嫌な予感を覚えつつも身構える。
その瞬間、フォアルはフィアナをおしのけ、主の守護神の首に腕を回して勢いよく抱きついた。
「…………っ!!?」
「この方が噂の風の守護神ですのね!美形さんですわ!!」
フォアルのテンションは上がる一方だ。
いつも表情に乏しい島崎でもさすがに驚いた様子で浩輔に助けを求めるが、彼もどうしていいのか全くわからない。
どうすることもできずに固まっている島崎を見て、ユアはベッドから立ち上がるとフォアルを子どもにするように抱き上げる。
「いい加減にしろ、フォアル」
いたずらっ子を諌めるように軽くその額を弾く。
短い悲鳴を上げて赤くなった額を手で押さえて、フォアルはむっと頬を膨らませる。
「……まったく。悪い、貴久」
拗ねた少女を見てため息を吐き出し、ユアは島崎に顔だけを向けて申し訳なさそうに謝る。
それに島崎は苦笑を浮かべて、首を横に振って応じる。
「えらく個性的な精霊なのね。美形が好きなのかしら」
その向かいで傍観していた耀香も、どこか感心した風情で呟くと水の精霊の主は渋い顔をする。
「だからあまり出したくねぇんだ」
「まぁ!それは聞き捨てならないですわ。わたくし、可愛い子も好きですのよ?」
「……威張って言うことか」
胸を張って断言するフォアルにもう突っ込む気力もなく、ユアは力なく肩を落とす。
そしてフォアルを解放すると少女はするりとユアの腕を抜けて、また神気をまとってふわりと宙に浮く。
「さて冗談はこのくらいにして、もう時間もないし、今から聖緑山に向かってちょうだい」
一連のやり取りを今まで黙って聞いていた耀香は、ぱんと一つ手を叩いて注意をひきつける。
今まで緩んでいた空気が、彼女の言葉で一変して張り詰めたものに変わった。
彼女はフィアナと瑠香を交互に見ると、二人は各々真剣な瞳で見返して無言で頷く。
「わたくしに任せて下されば大丈夫ですわ!」
フォアルもやる気十分で気合を入れなおす。
「頼むぞ、フォアル」
「……え?」
「は?」
張り切るフォアルにユアが送り出そうとするのに気づいて、彼女は耳を疑うように聞き返す。
「ユアは行かないんですの?」
「って話だったじゃねぇか」
中であれほどうるさくしていたのに、肝心の話を全く聞いていなかったとは。
当然のように尋ねてくるフォアルを呆れた視線で見返す。だんだんと頭が痛くなってきたのは気のせいだろうか。
「二人はどうするの?」
ユアとフォアルのやり取りを苦笑を浮かべて静観していた耀香は人間の少年二人に視線をやる。
その問いかけに二人は互いに顔を見合わせた。
「正直言って、俺たちがついていったとしても何もできない。ここで待っているほうが得策だと思う」
出発前に神言で神気を貸せば、自分たちがついていかなくてもフィアナたちは力を発揮できる。
島崎に続いて、浩輔も彼と同じ意見だと首肯する。
「それは俺も賛成だな。それにフォアルには昨日お前から借りた力がまだ残ってるから、通常のあいつの戦闘能力を足しても十分だから心配するな」
「うん、わたしもまだ残ってるよ。だから大丈夫」
フィアナもにこりと笑って頷く。
二人に万が一のことがあった方が一大事だ。浩輔が傍にいなくて不安が心に広がっていくが、フィアナは気合でそれを追い出す。
「えぇ!?こちらの方が全然いいじゃないですの!わたくしもここに残りたいですわっ」
自分のお気に入りの人たちが次々と残る方を決め、それを見ていたフォアルが不満を洩らす。
「それじゃあ、お前を呼んだ意味ねぇだろ。フィアやレイカも行くんだ、我慢しろ。瑠香も行くんだし」
駄々を捏ねる少女にユアは心底疲れた息を吐き出し、言い聞かせるように説得する。
今あげた彼らがフォアルのお気に入りに分類されるのかはわからないが、行ってもらわなければ困るのだ。
すると、何に反応してか、フォアルの耳がふいにぴくりと動いた。
「え、れ…レイカ……?も行くんですの?」
「そういう流れだったじゃねぇか。何も聞いてなかったんだな」
どういう耳をしているのか、逆に問いたくなったユアである。
「ユア、やっぱりわたくしも残りますわ!お願いします!!」
先ほどまでは打って変わり、必死の体でユアにすがりつく。
するとそれまで黙ってフォアルの我が儘を離れた窓辺で見ていたレイカが近づいてきて、お願いしますと何度も懇願している彼女の首根っこをひょいと掴みあげる。
「いい加減にしろ。まだあのときのことを根に持ってるのか?悪かったって言ってるだろう。それにあれはもともとお前が原因だったじゃないか」
「……うっ」
ぶらんとぶら下がったフォアルは冷夏の指摘に二の句が次げない。
「あのとき?」
疑問に思った浩輔がふいに呟くと、レイカの視線が彼に向き、ため息混じりに頷く。
「何十年か前にな、こいつが暴走して俺が止める羽目になったんだ」
そのとき滅多に怒らないレイカのすさまじい怒気と剣幕に、さすがのフォアルも萎縮して暴走が収まり、それ以来彼と会うのを極力避けているのである。
フォアルをあそこまで怖がらせるほどのレイカの怒気とはいったいどんなものなのか。想像するだけで、浩輔はぶるっと身震いする。
呆れるレイカにフォアルは嫌な音が鳴るのではないかというほど、ぎこちない動きで首を回して彼を振り返る。
「わ、わかってるんですのよ?だた身体が勝手に。条件反射というか……」
「そうか。まぁ、そんなに長旅になるわけじゃないんだから、少し我慢しろ」
ユアで説得して駄目なら強行手段しかない。
フォアルを床に下ろし、そのまま強引に彼女の腕を引っ張ると、そのまま部屋を出て行った。
少女の悲鳴が小さくなるのを苦笑して見送り、フィアナは瑠香を見る。
「じゃあ、瑠香。わたしたちもいこっか。ユア、行ってくるね」
フィアナは隣に立つ瑠香の腕を軽く引っ張ると、ユアと浩輔、島崎にも順繰りに視線を向ける。
「無茶だけはしないでくれよ」
「うん、わかってる」
ユアの真剣な瞳を見返し、フィアナは決意と共に強く頷く。
そして瑠香に視線を戻すと、それに気づいた瑠香はこくりと頷いて姉に視線を向ける。
二人は部屋を出て行き、次いで耀香も二人を見送るために玄関先まで移動する。
「行ってきます、姉さん」
「ええ、気をつけてね、二人とも」
耀香はにこりと笑って応じると、フィアナと瑠香は同時に頷き、玄関の扉を出て行く。
その後ろ姿を見送り、不安そうな表情を仄かに浮かべる。
それほど難しい依頼ではないのは確かだ。
物心ついたときにはすでに親はなく、二人でこの不安定な世界を生きてきた。
身につけられるものは全て見につけ、ようやく今の安定した生活が出来ている。瑠香がユアにも引けを取らないほどの戦闘能力を持っているのは知っている。
心配はないはずだが、一つ不安があるとすれば。彼はまだ人を守って闘ったことがない。
「まぁ、フィアナも強くなってるし、大丈夫よね」
耀香は自分に言い聞かせるように呟くと、ユアの休んでいる部屋へ戻る。



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