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16 : 第十六話




「そのあとで、あたし達を呼びにきたのね」
精霊の神気に対する感度は、ファイネルよりも鋭いため遠くにいても守護神の力があれば多少探知することができる。
納得した耀香は納得して、そう締めくくった。
「迷惑かけて悪かったな」
あの場で自分が油断しなければ、これほど皆に心配をかけることもなかった。
自分の浅はかな判断ミスに、内心で舌打ちを洩らす。
表情を曇らせるユアを見下ろし、フィアナはふるふると首を横に振ると、彼の肩に手を乗せる。
「そんなことないよ。ユアが来てくれなかったら……わたし一人じゃあ、浩輔は守れなかった」
結局助けてもらわなければ何も出来ない自分に、悔しい思いを抱いているのはフィアナも同じだ。
自分の力だけでは、浩輔一人守ることができない。それでは意味がないのに。
「フィアナ……」
自嘲な笑みを浮かべるフィアナに、ユアは何も言えずに聞いているしかなかった。
「でも雷の精霊ね……。あまりいい噂は聞いていないけど、今は誰についてるのかしら」
いつまでも過ぎたことを悔いて意気消沈している二人を見兼ね、耀香がさりげなく話題を変える。
あまり情報屋として利益にならない情報の詮索はしないようにしているので、精霊が現在誰と契約を結んでいるかは、耀香は知らないのだ。
「保護されたってことは、生きてる確率が高いわね」
「……そう、だな」
口許に指を当て呟く耀香に頷き、ユアは視線を落とす。
彼を止めるのは殺す以外方法はないのだろうか。生きていたとすれば、必ずフィアナの脅威になる。
ユアの思考が手に取るようにわかる情報屋の主は肩をすくめる。
「綾夜が襲ってくるたびにあなたがフィアナを守れば済むことじゃない。あたしもユアの強さは認めるわ」
「……簡単に言ってくれるな」
「まぁ、一つ忠告するとすれば、ユアは目先のことに捕らわれ過ぎよ」
「うっ……母さんみたいなこと言うな」
しかし耀香の言うことも一理ある。
自分がフィアナの傍から離れなければいいのだ。気持ちが少し軽くなったユアは耀香の発言に苦笑を浮かべる。
「さて、話返るけど、言ってた月光草の開花は今夜なの。フィアナ、行ってくれるかしら?」
あえてユアに聞かなかったのは、手負いの彼を行かせるつもりがなかったからだ。
耀香の瞳を見返してフィアナが頷こうとしたところを、案の定ユアが口を挟んできた。
「フィア一人に行かせるわけにはいかねぇっ、俺も行―――」
「駄目よ」
ユアの言葉にかぶせて制し、耀香はにこりと笑う。
「そんな状態で行っても足手まといよ」
「たいした怪我じゃねぇ……ってぇ!!」
またもや否定しようとしたところを、今度は傷口を軽く押さえつけられる。
突然の痛みにさすがのユアも悲鳴を上げる。
「ほら痛いんでしょ。神気の攻撃は中身もダメージ受けるんだから」
「傷口押さえつけたら痛いに決まってるだろ!何考えてんだ!ていうか、自分で行けよっ」
当たり前のことのようにため息混じりに言う耀香に、くわりと牙を剥くユアであるが、当の本人はどこ吹く風で受け流す。
「ユア、おとなしくしてないと縄で縛り付けるわよ。あたしはこれから別の依頼があるのよ」
若干面倒くさくなってきたのか、耀香はにこりと嫌な笑みを浮かべる。最後に言い訳を付け加えるのも忘れない。
薄ら寒いその笑みに、ひやりと冷たいものが背中を滑り落ちていき、ユアはふるっと身を震わせる。
一瞬にしてあのユアがおとなしくなったのを目の当たりにし、今まで話を静観していた島崎と浩輔が無言で顔を見合わせる。
「でも確かにフィアナだけでは心配ね。夜になるし、魔神が出没するっていう話しだし」
指先を口許に当てて考える素振りを見せる耀香に、だったらなおさら行くと言い張るユアを一瞥してからため息をつき、フィアナを見る。
「だからあなたはここで安静にしてなさいって言ってるでしょう。心配しないで、瑠香を同行させるわ」
行ってくれるかしら?と問いかけてくる姉に、拒否権のない弟は無言で首肯する。
瑠香の戦闘能力は全くの謎に包まれている。彼が強いのかどうかわからないが、浩輔と顔が似ていると言うだけで不安が募っていく。
「一人より二人の方がましか……」
どちらにしても自分がついていくという選択肢はない。そうなると、人数が多ければ多少は安全だと自分に言い聞かせる。
やがてユアはほうと息を吐き出して、フィアナを見上げる。
「瑠香の力を疑ってるわけじゃねぇけど、やっぱり心配だからフォアルを連れて行ってくれ」
「うん、わかった。ありがとう、ユア」
心配してくれる彼の提案に、フィアナは快く了承する。
正直言って、彼女も瑠香と二人で少し不安に思っていたのだ。果たして自分は瑠香の足を引っ張らずに戦えるのか。
微笑んで頷く彼女を見てから、ユアはゆっくりと目を閉じた。
「”雨粒のように弾け、水流のように烈しく舞え。全てを押し流す浄化の水より姿を変えろ 粒水蒼弓(りゅうすいそうきゅう)”」
全快とまではまだ至らない身体だが、最大限に神経を集中させると、召喚のための神呪を唱える。
少しずつ彼の身体が青く光を放ち始め、遠くの方で水の反響する音がそこにいた全員の耳に届いた。
「”我が内に宿る精霊よ、その身を現し、我の代行を務めよ。水珠(すいじゅ)、召喚”」
彼の中から形となって現れた神気の珠は、最後の言葉と共に一際強く燐光を放たれた。
突然の光に五人は目を細めたり、腕でかざしたりと眩い光から目を守る。



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