毛布のような柔らかいものに包まれていた感覚がなくなると、浩輔は閉じていた目をゆっくりと開き、軽く目を瞠る。
白界にあった神殿と作りは全く同じで、足元には四人の神気に反応して若干強い光を放つ魔法陣が描かれていた。
一度白界を訪れたことのある浩輔は一瞬白界かと見間違うほど、黒界はもう一つの世界と似通っていた。
しかし外から絶え間なく聞こえてくる機械の音でここが黒界であることを悟る。
「白界よりずっと賑やかだな」
白界はとても静かで、少し耳を澄ませば遠くを飛んでいる鳥の声が聞こえてくる。
人間である浩輔から見れば同じ異世界であることに変わりはないが、二つの世界はこうも対照的で少なからず戸惑う。
感想にも取れる小さな呟きだったにも関わらず、それを聞きとめたフィアナはうん、と一つ頷いて説明をする。
「白界は自然が象徴で、黒界は技術が象徴なの」
「どっちもそれぞれ象徴を重んじているし、互いに持っていないものを求めて争うような気性は、今の代の長たちは持っていない。まぁ、そういうのも含めて長が決められるらしいけどな」
どちらも二つのものを欲張ることはできない。そうすれば均衡が崩れ、破滅へと進んでしまう。
「人間とは大違いだな」
二人の話を聞いて、島崎は自分たちの世界のあり方を思い起こす。
その呟きに浩輔はぴくりと反応を示した。
「俺たちはあんまり人界のことはわからねぇから何とも言えねぇが、たしかに自分勝手だとは思う」
自分勝手…、と浩輔は心の中で反復する。
ユアの言葉は別段彼に向けられたものではないが、浩輔にとっては鋭く刃物のような言葉だった。
しかし続けられた言葉に浩輔ははっと顔を上げる。
「でも全員がそうとは限らねぇし、少なくともお前らは俺たちに力を貸してくれてる」
浩輔の気持ちを知ってか、ユアは最後にそう付け加える。
ファイネルにも様々な考えを持った者がいるように、人間も人それぞれなのだ。
善人がいれば悪人もいる。自分たちに協力してくれる人が彼らでよかったと、ユアは思っている。それは浩輔も含めて。
口には出さないが、ユアとて浩輔のことが嫌いなわけではないのだ。言葉にしないから、浩輔は知らないだけなのだが。
そうこうしているしているうちに、前方には大きな門が見えてきた。
「街についたよ」
同時にフィアナも声を上げる。
神殿からおよそ二十分程度歩いた場所に黒界の中心都市がある。
十メートルはあるであろう巨大な門だが、その向こうにはそれよりもさらに高い建物がずらりと立ち並んでいた。
「でかい門……」
見上げると首が痛くなりそうなほど大きな扉に圧倒された浩輔は無意識に呟く。
「ゲームに出てきそうな街だな。藤が見たら喜びそうだ」
島崎もそんな感想を抱く。
実際にゲームは苦手だが、彼の親友が以前やっているのを見ていた彼はそこに登場した風景を思い出す。
「……アクセア・クレイム」
扉の隣に立てられている木の札に気づいた浩輔はそこに書かれた文字を目で追う。
「ここは黒界で一番大きい街で、この世界の長が直に統治している」
この街へは他地方から原料が運ばれてきて、加工、生産など別の製品となってまた送られるのだ。
それと同時に商人たちが集まる街なので、毎日が祭りのような一日中賑やかな街なのである。
ゆえに門の扉は常時開け放たれ、誰でも自由に出入りが可能なのだ。
「さて、日が暮れねぇうちにさっさと情報屋に向かうか」
すでに太陽は天頂から少し傾いている。
ユアの言葉にフィアナはうん、と頷き、島崎と浩輔も了解すると一同は門をくぐって街に入った。
人界で見るようなビルとは形の異なる建物が左右に立ち並び、その前には多くの商人たちが露店を広げ、行き交う人々に商品を勧めていた。
そして正面には一際高い建物が天に向かって伸び、その周りを飛行機とは違った形の乗り物が数機悠々と空を駆けている。
珍しいものばかりの風景に圧倒されていた守護神たちの頭上を、その飛行機に似た機体がかなり高度を下げて飛んでいった。
「っうわ!」
突然の轟音と突風に浩輔は思わず声を上げて、耳を両手で塞ぐ。
その隣ではフィアナやユア、島崎も同じように、とっさに耳を塞いでいた。
通り過ぎて音が小さくなったのを確認すると、ユアはほうと息を吐く。
「あれは飛空挺だ。黒界で主に使われてる移動機関で、各地の原料をあれで運んでるんだ」
おそらく先ほどの飛空挺は各地から戻ってきて、この先にある飛行場に向かって下降していたのだろう。
珍しそうに眺めている二人の少年を見兼ね、ユアが説明してやる。
「技術は人界と同じ程度か」
感心した風情の島崎は、前方を飛んでいる飛空挺の黒い影を見ながら呟く。
技術が象徴と聞いていたが、実際どれほどのものかわからなかった。
しかしユアはそれを否定した。
「たぶん人界のほうが技術は上だ。あの飛空挺、人を乗せるもんじゃねぇからな」
あくまで物を運ぶ道具で、人を乗せるものではないし大きさも飛行機ほどではない。
彼が人界でいう飛行機のことを言っているのだと、見当をつけた島崎はそうか、と頷く。
「まぁ、行き先さえ同じなら乗せてもらえないこともないけどな」
俺はああいうの苦手だけど、とユアは苦笑いを浮かべた。
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