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13 : 第十三話




いつも島崎と藤が一緒に帰るので、自然とクロカとユアも一緒になってしまう。
別段用があったわけではないが、教室に残っている間にクロカは昼間のことをユアに伝える。
「ユア、あんた明日暇でしょ?ちょっと付き合いなさい」
「………は?」
あまりの直球な話にさしものユアも大いに眉根を寄せる。
命令されている気がしていい気はしない。
そして驚いているのは他にもいた。
「え、クロカちゃん、まさかユアのこと好………!?」
「違うに決まってるでしょっ」
「ぐぇっ」
何か勘違いをされていることに気づき、間髪入れずにクロカの右膝が藤の横腹に直撃する。
「まさか蹴りが来るとは思わなかったよ………」
冗談で言ったつもりだが、予想外の攻撃で藤はへたりとその場にしゃがみ込んだ。
その様子に島崎は頭を抱えたくなった。
呻いている藤をきっぱりと無視したクロカは視線をユアに戻す。ユアは怪訝そうな表情をしていた。
「……何かあるのか?」
「…今は、まだ言えないけど。とにかく明日は空けといてよ、お願い」
今ここで杏里の気持ちを打ち明けるわけにはいかない。それは本人の役目なのだから。
言葉を濁したクロカにユアはますます意味がわからない顔をするが、ほうと息を吐き出してしょうがないといった体で了承した。
「わかったよ。明日だな?」
「ありがとう、ユア。じゃあ明日の朝九時半に広場の噴水前に集合ね」
これは昼休みが終わり、教室に戻る最中に決まったことだ。一緒に行くあみは水族館がいいと言い出し、特に行きたいところがあったわけではない杏里は素直に了承したのだ。
珍しくユアに礼を言ったクロカはひとまず約束をさせられたことにそっと胸を撫で下ろした。
そして四人は下足室に向かい、そこで二年生の浩輔たち四人と合流する。合流というよりは、多数の生徒の中から空色の髪の少女を目敏く見つけたユアが一緒に帰ると言い出したのだが。
前を行く双子とそれに続いているセノト、ユアとフィアナを見ながら、藤はふとクロカに問いかける。
「そういやさっきユアに頼んでたのって、結局何だったんだ?」
冗談を言って蹴りを食らい、それどころではなかった藤は今更ながらに尋ねると、クロカは少し言いよどんでいたがやがてユアには聞こえないよう配慮しながら口を開いた。
「藍浦がね、あいつのこと好きなの。あの子はユアがフィアナを大事にしてることを直感か知らないけど、知ってしまって………それですごく悩んでたの。私としてはね、もとから知ってたから驚きはなかったけど、やっぱり本人にしてみたらすごく辛いことなんだよね。だから、想うのをやめるって」
そう言い出したのだ。
実際話している杏里は辛そうだったが、涙は見せようとはしなかった。本当は心が強い子なのだろう。
「フィアナに似てるのよね、藍浦。だからユアも放っておけなかったのよ」
それが裏目に出て、彼女に好意を抱かせてしまった。
悪いことではないが、全てを知っているクロカにしてみれば黙っていることが心苦しい。
クロカが自分のことのように心痛な面持ちで話しているのを、藤は真剣に聞いていた。
「やめるやめないは藍浦が決めることだからね、私は何も言えない。でも後悔するような選択はさせたくない。藍浦は気持ちを伝えることを決めたから、私は出来る限り協力してあげたいの」
どれほど願っても叶わない想いがあることを杏里自身も知っていること。だから我が儘を言うのではなく、潔く手を引くことを決めた。気持ちを伝えてから。
藤はそっか、と納得するだけでそれ以上は口を挟まなかった。これは杏里が自分で乗り越えなければならないことだとわかっているからだ。
そんな彼を見上げたクロカは別に気を遣わなくてもいいのに、と内心想いながらくすりと笑い、ふとある重大なことを思い出す。
「あ、それでね、藍浦が心配だからって高松と私がついていくことになったんだけど、藤くんたちはどうする?特に強制ってわけじゃないんだけど」
ユアが行って、自分も行くとなると彼らの周りには誰もいなくなってしまう。それほど心配ではないが、そのことを勘ぐった藤は島崎を一瞥してからクロカを見直した。
「行っていいなら行く。そのほうがクロカちゃんとしても都合いいでしょ?あ、もちろん島崎も」
「おい、俺はまだ行くとは一言も言ってないぞ」
勝手に話が進み、勝手に人の都合を決められた島崎は眉根を寄せて反論する。
どうしていつもいつも藤の勝手な都合に振り回されないといけないだろうか。
「いいじゃん、どうせ暇だろー?」
しかしそんな彼には慣れた様子で、藤はにこりと笑う。
そして彼の言うとおり別段用事がない自分が実に苛立たしい。
島崎は深い深いため息を洩らさずにはいられなかった。
「まぁ、無理にとは言わないわ。来るなら同じ九時半ね」
「オッケー。噴水前だよな」
一応確認はするものの、クロカと藤は同じ家に住んでいるのでそれほど重要ではないが、島崎のためにも彼女はそうよ、と頷く。



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