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11 : 第十一話




初めて授業を四時間分受けてきた転入生たち四人は行く前に決めていた通り、屋上に集まっていた。もともと待機場所として選んだのも屋上であったので、何かあったときの集合場所にもなっている。
もちろん守護神たちである浩輔たちもついてきている。
「フィア、どうだった?いじめられてない?変なヤツに絡まれてねぇか?藤みたいなヤツとか……」
フィアナの姿を見つけてユアは開口一番に矢継ぎ早に質問すると、その中になにやら不満があったらしく藤が口を挟んでくるが、それはあっさりときっぱりと無視された。
そしてそんなユアに動じることもなく、少女はにこりと微笑み頷く。
「みんないい人だよ。あ、友だちもできたの」
「……。そっか、よかったな」
嬉しそうに話す彼女にユアは安堵の息を吐き出して目許を和ませる。
あれほど白い目で見られ、避けられていたフィアナ。普通なら人に対して不信になるはずだが、彼女はそんなことしなかった。それは心が強いという証拠。まったくすごいことだとユアは思う。
そして何より友だちができたことに彼は自分のことのように嬉しい。
ここにはフィアナを傷つける人はいない。そう願いたい。
「でももしいじめられたり、嫌なことされたらすぐに俺に言えよ?そいつ半殺しにするから」
にこやかに問題発言を言い、それに気づいているのか、はたまた気づいていないのかフィアナは大きく頷いた。
そんな彼らのやり取りを聞いていた浩輔は若干不安を覚えるが、それを言おうものなら問答無用で斬りかかられそうなので黙っておくと誓う。
もう余計なことは言わないし、しない。自分からは。
「半殺しなんて冗談じゃない。学校でそんな非常識な問題なんて起こすなよな。って浩輔が言ってるよ」
そう自分からは。
浩輔の心の声を代弁してあげたよ、と洋輔はにこりと微笑んでこちらを見てくる。
そしてユアの視線が瞬時に浩輔に向いた。
「なんか文句あるのか?」
「ち、違うっ、明らか俺が言ったんじゃないだろ!?」
雰囲気が一瞬にして重く、鋭くなった。彼が纏う気配が刺々しい。
「文句ありまくりでしょ。ほら、浩輔もほんとのこと言わないと」
「ほう、言いたいことあったら言えばいいじゃねぇか、浩輔」
闘志がゆらりと彼の周りに漂う。口許には不敵な笑み。口は笑っているが、目は笑っていない。真剣そのものだ。
こんな光景、前にもあったような。
それを見て浩輔は一歩後退した。
「洋輔勝手なことばっか言うなっ」
ユアを目の前に、視線を彼から外せぬまま浩輔は首謀者に向けて叫ぶが、しかし本人はただ笑っているだけでこの状況を楽しんでいる。
ユアはユアで今にも飛び掛かってきそうな気迫だ。これをどう回避するか真剣に思案していると、ようやくセノトが止めに入ってきてくれた。
「ユア、もうその辺にしてやれ。まったく洋輔もあまり浩輔で遊んでやるな」
ため息混じりにセノトは二人の仲介に入ると、今度は洋輔に向き直ってその額を軽く小突く。
しかしユアはいたってしれっとした様子だった。
「別に俺は攻撃なんてしねぇし。仮にもフィアの守護神なんだから、仮にも」
その割には目は相当真剣そのものだったが。言うや否や切り捨てられそうな。
浩輔は深い息を吐き出した。
ただでさえ守護神は短命だというのに、さらに寿命が短くなた気がする。
「まぁ、とにかく学校では神呪は使えないんだから気をつけてよ?こんなところまで来る馬鹿はいないと思うけど、注意だけは怠らないでね」
一息つき、場の空気が落ち着いたことを確認するとクロカは改めて切り出した。
魔神は明るいところと人ごみを嫌う。襲撃してくるとすれば綾夜くらいのものだが、彼もあまり人ごみは好まない様子だ。
となるとあまり危険はなさそうだが、かといって安心もできない。万が一のときにも人間離れした行動は取れないのだ。
「特にフィアナ。わかってる?学校では神呪使っちゃ駄目なのよ?レイカも呼ばないこと」
一番心配なのはフィアナだ。そういう自分もユアとケンカになれば誰が近くにいようと神呪を使いそうだが、それには自覚がないようだ。
彼女の言い草にフィアナはぷうと頬を膨らませる。
「わかってるよ」
その様子が一番心配なのだ。
クロカは苦笑を浮かべて頷き、申し訳なさそうに浩輔を見る。
「浩輔くん、悪いけどフィアナのことお願い」
「う、うん。まぁ、できる限りは」
そう曖昧な返事を返し、その役目を引き受けた。
突拍子もない彼女の行動をとっさに止められる自信はないが、やらなければならないだろう。人外なことをされても困るし。 肩を落とした浩輔は、しかしふいに思い出したことに声を上げた。
「あ」
「どうしたの?浩輔」
その声に全員の視線が浩輔を向き、フィアナは可愛らしい仕草で首を傾げる。
「そういえば結陽に用があったんだ。悪いけど先に戻ってるから」
朝、結陽に昼休み少し付き合ってくれ、と言われているんだった。忘れていたなんてことになれば、あとが面倒だ。
急いで教室にも戻ろうとする浩輔をフィアナが呼び止めた。
「あ、わたしも行く」
彼女を振り返り、少年は頷くと一緒に屋上を出て行った。
「騒々しいヤツだな」
「あんたに言われたら浩輔くんも可哀想に」
「はぁ?それはどういう意味だ」
「あんたが原因でしょって言ってるの。まったくもう少し仲良くしなさいよね」
まったくもう、と呆れたため息を吐き出し、ユアを横目でじとっと一瞥する。
どうしてこう好き嫌いの高低が激しいのだろうか。フィアナの扱いと浩輔の扱いがまるで天と地の差ではないか。
意味もわからずため息をつかれた本人は釈然としないまま、これ以上言い返しても無駄だと判断し、受け流す。
「浩輔も大変だね」
そのあとを何気なしに洋輔がぽつりと呟いた。もちろん周りには聞こえる程の大きさだ。
彼の発言に誰しも心の中で突っ込みを入れた。
お前が一番の元凶だろう。
呆れて目が半眼になった彼らの心中を察したのか、洋輔はわざとらしく頬を膨らませてみせた。
「別にいじめてるわけじゃないよ。ちゃんと浩輔のことも考えてるし」
しかしそれでも少なくとも藤とクロカ、ユアの目は疑いのまなざしを向けている。
見る限りでは浩輔はだいぶ疲れている様子だ。
「…まぁ、そりゃちょっとは遊んでるけど……」
皆の視線が痛くなったのか、口を尖らせて肯定するが、顔を上げてでも、と反論する。
「だって浩輔、自分から絶対に話しかけようとしないから、僕がなんとかしないと」
少しくらいは皆の言うことを認めるけど、ただ単にからかっているばかりではない。
片割れである弟は自分と正反対の性格をしていて、不器用で人と話すのがとにかく苦手なのだ。人一倍傷つくのが怖いのだ。
相手のほうから話しかけてこない限り、自分から声をかけるということを浩輔はしない。というより、できない。仕方がないときは話しかけているようだが、必要ないときは距離を置いている。
「結陽が最初にできた友達だったんだよ」
彼が友達になるまでは洋輔が傍にいたが、それからは学校ではあまり浩輔のところへは行かなくなった。
結陽が傍に居てくれるから、心配することはない。
それから浩輔も少しずつ変わってきたように思える。自分から話しかけるようになったし、友達も次第に増えてきた。
今までは洋輔が傍にいて、ちょっかいをかけて冗談を言いながらも輪の中に入れていたが、その必要がなくなったのだ。嬉しいけど寂しいような。でも嬉しい方が大きかった。
とはいえ、あくまでも最初の目的はそういうものだったが、今では単に自分が楽しんでいるようにも見える。それに本人の自覚のもとでやっているのだから余計に性質(たち)が悪い。
「そういや、初めて浩輔に会ったときは結陽と一緒にいるとこしか見たことなかったな」
周りにクラスメートがいたが、それでも結陽と話す浩輔と他のクラスメートと話す彼はどこか違ってぎくしゃくしていた。
本当の自分を出せずにいたのが、印象に残っている。
口許に指を当て過去を思い出していた藤にクロカは小首を傾げた。
「藤くんたちと洋輔くんたちは学年が違うのよね?どうやって知り合ったの?」
「えっと……。たしか部活が一緒だったんだよ。あれは俺らが小三のときかな。で、洋輔たちが二年のとき」
藤は彼女の問いかけに六、七年前のことを思い出し、懐かしむように口許を綻ばせた。
彼らが通っていた小学校は、一年生から六年生の間でも友好が持てるようにクラブという授業が設けられていた。それは週に二回、月曜日と木曜日の六時間目に行われていたのだが、洋輔と浩輔、結陽は同じクラブを選んでそこで一つ上だった藤や島崎と知り合ったのである。
「俺らが最初に話したのが洋輔だったな。で、双子の弟がいるって知ったのが後だったような気がする」
その辺は少し曖昧になっているが、島崎が相槌を打ってくれたので合っているのだろう。
しかしその中でもあのときのことは今でもよく覚えている。初めて浩輔と会ったとき、睨まれたのだ。おそらく本人は自覚がなかったのだろうし、自分の近くにも人見知りをする友人もいるのでたいした嫌悪感は抱かなかった。
ただ少し傷ついただけで。
それに仲良くなればよく笑う子だったし、一緒にいて退屈しない。だから今もよく一緒にいるし、おそらくこれからもそれは続いていくのだろうと思う。
「ちょっと遠回りしたけど、フィアナちゃんともうまくいってるみたいだし。僕としてもうれしいかなぁ」
ずっと共に居たのだから、お互いに知らないところはない。
洋輔はにこりと笑い、つい先ほど浩輔が出て行ったほうを見る。
心配しているのなら非常識ないじめは控えた方がいいと、その場にいた全員が思ったことだが、それが彼のやり方で気遣いなのだろう。



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