≫ No.5

10 : 第十話




現在学校では二時間目の授業が始まっていた。
屋上で待機していたクロカとユアはお互いにケンカを避けるためか離れていた。
ふいにクロカはユアを見た。
「ねぇ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「……なんだよ」
いつもの彼女の声音より低い声で尋ねられ、それだけで冗談を言おうとしていないことは一目瞭然だ。自然とユアも身構える。
「……ごめん、やっぱりいいわ」
言おうか言わまいか逡巡した後、しかし言えずに視線を落とした。
「いったい何なんだよ。お前らしくねぇな」
普段ならいらないことでもずばずば聞いてくるくせに、今の彼女は何かが変だ。
それを問おうかと思っていると、感じた気配に空を見上げた。クロカも気づいたらしく、同じように空を仰いでいる。
ふわりと風が吹き、次に桜の花が舞い落ちてくる。
ユアの表情がいっきに明るくなった。
桜の花は集まりだし、大きくなるとその中から少女を吐き出した。
「ただいま」
フィアナは上手く着地をすると、二人の仲間を交互に見回し、にっこりと微笑んだ。
「ちゃんと持ってきたみたいね」
彼女の背中にリュックがくっついていることに気づいたクロカはくすりと笑い、少女に近づく。
「いっぱい持ってきたよ」
そう言って中身を見せようと鞄を開けると、それを見たクロカは自分の目を疑う。
ユアも同様に驚いている。
「よ、よく入ったわね。こんなにたくさん……」
おそらく一度出せば、もう元には戻せないだろう。
二人は苦笑を浮かべるが、何も言わずに頷くだけだった。
「そういえばセノトはまだ来てないの?」
朝に一度会ったきりだった仲間のことを思い出し、フィアナは話題を変える。
「まだ来てないわ。どこ行ったのかしら」
それに答えたのはクロカだったが、来ていない上にどこに行ったかもわからないので首を横に振る。
ユアも教えられていないので、答えることはできない。
昔からセノトは自分のことをあまり話さない。唯一教えてもらったのは名前だけである。あとは両親はいないことと、蓮呪とは幼い頃からの親友であることくらいしか思い当たるものがない。
しかしその親友なら知っているかもしれないが、仲間の過去を探ろうとは思わない。
ユアはほうと息を吐き出す。
それを見ていたフィアナだが、何か考え事をしているのだろうと彼女なりに気遣い、グランドの方に視線を移す。
ふいにセノトに風の守護神の苗字を問われたことを思い出した。
尋ねてきた彼の瞳がどこか寂しそうだったのを覚えている。あれは一体どういう意味だったのだろうか。
しかしその思考は次のフィアナの声によって現実に引き戻された。
「あ!」
「……!どうしたんだ、フィアっ」
突然大きい声を出すので身構えたユアはフィアナの隣に急いで移動するが、彼の心配は杞憂に終わった。
彼女の視線の先にはどこかのクラスが体育らしく、グランドに生徒が集まっているのが見える。気になったクロカも同じように見下ろしている。
その中に自分の知る人影を見つけて、フィアナはうれしそうに笑う。
「あれ、浩輔だよね」
複数の生徒の中に青い髪の少年を見つけ、その生徒を指差す。
たしかに浩輔だ。屋上からけっこうな距離があるにも関わらず、よく見つけられたものだ。
目許を和ませるフィアナの様子を横目でちらりと一瞥したユアはなぜか心がざわつくのを不思議に感じていた。
何かが面白くない。しかし理由はわからなかった。
「たのしそうだね、学校」
彼女は体育の授業を受けている浩輔の姿を追っていきながら呟き、そしておもむろにユアを見た。
「ユア」
「…………?」
彼はフィアナの考えが読み取れず、微かに首を傾げる。
そうして次の言葉にユアだけでなく、クロカまでもが目を見開いた。



一方、彼らの間で話題となっている本人は知らずに、一週間ぶりの体育の授業を受けていた。
整列をして教師の話に耳を傾けていると、後ろから背中を突いてくるクラスメートがいて浩輔は肩越しに彼を振り返る。
今、自分の後ろにいるのは友達の有沢結陽(ありさわゆうひ)だ。彼とは出席番号が近いことから小学生の頃からの友達である。
「浩輔、お前病み上がりなのに体育して大丈夫なのか?」
彼は浩輔のことを心配していた。
一週間を風邪で休み、その間のノートやらプリントやらは結陽が管理していてくれた。
実は風邪ではなく、重い精神病だという噂もあったらしく、それを教えてくれたのが結陽で浩輔は苦笑を浮かべていた。
「大丈夫だよ。それに休みっぱなしだったら補習させられるし」
もしも放課後居残りなんてことになれば、自分がいない間に問題児が二名いろいろと大変なことをやってくれちゃいそうだ。
フィアナ一人ではよほどのことは起きないが、洋輔と手を組めば大変なことになる。
そこまでは口にしないが、うすうす気づいている結陽は同情の瞳で彼の肩をぽんと叩く。
「洋輔の面倒見るのも大変そうだな」
その言葉に浩輔はため息しか出てこなかった。



☆☆☆
洋輔を無事に登校させてから、セノトは街から北方にそびえる山の中腹に立てられた神社に訪れていた。
杉林に囲まれた小さな社は人々から忘れ去られてしまい、荒れ放題な上に供物も供えられてはいない。祀られている神がいるのかどうかも怪しいものだ。
しかしこの辺りから強い神気の気配がするのも事実だ。洋輔の力を借りている今、それははっきりと感じ取ることができる。
セノトは半分崩れかかった鳥居をくぐり、社の前に設置された賽銭箱の近くに移動する。
周りは青々とした杉の木々がうっそうと生い茂り、蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえている。
彼は何かに吸い寄せられるようにその森の中に入っていった。
「…………!」
ある程度進んだ先の目の前に大きな穴が開いている木を発見した。
木々の合間から差し込んでくる木漏れ日が眩しく、セノトは目を細めながらその木に近づく。
「やっと見つけた」
飛び散った際に激しく衝突したらしく、それは完全に幹にめり込んでいた。
セノトはその中から神気の欠片を引っ張り出し、我知れずほうと息を吐き出すと肩の力を抜いた。
これで蓮呪の許には欠片は三つ。半分は元に戻ったことになる。そして綾夜に奪われたもう一つの欠片は何としてでも取り戻さなければならない。

あいつと約束をしたから。絶対に取り戻すと。

そしてもう一つの約束。それは守るのだろうか。
セノトは手のひらで日差しを浴びて淡くきらめく欠片を一瞥し、ぎゅっと握り締めると神社を出て行った。



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