≫ NO.3

01 : 第一話




辺りは完全に夜の帳が降り、疲れきった少年は玄関の扉を開けて小さくただいまと、帰ってきたことを知らせる。
いつもならすぐに母親が顔を出してくれるのだが、今日は彼女とは別の少女のような元気な高い声が出迎えてくれた。
「おかえり、浩輔」
リビングのほうから自分と同じくらいの少年が顔を出し、帰宅してきた浩輔の近くまで駆け寄ってきた。
現れたのは少女のような容貌で、どことなく浩輔と似ている少年だった。同じ程度の長さの髪は赤く、兄弟が帰ってきたことに嬉しそうな笑みを浮かべる瞳はやはり同じエメラルドグリーンをしている。
変声期がまだらしく、声は浩輔より高めである。
少年も帰ったばかりなのか、まだ制服姿でいる。
「うん、ただいま。洋輔」
上機嫌の洋輔に半ば圧倒されながらも苦笑を浮かべて廊下に上がると、浩輔は二階にある自室に向かう。
そのあとをついてきていた洋輔はふと彼の様子がいつもと少し違うことに気づいた。
「浩輔、どうしたの?なんかあった?」
部屋の前でふいに尋ねられ、浩輔は妙に感心した目を彼に向ける。
「なんか、目敏いっていうか、さすが双子だな」
自分が隠し事をしているとなぜか知らないが洋輔にはわかっている。それは逆も同じ。
いつも無理をしているときは彼の瞳が冷たく感じるし、どれほど巧妙に隠してもすべて筒抜けだ。
やはり双子というのは普通の兄弟より繋がりが強いのかもしれない。特に一卵性は。
とりあえず部屋に入ってから説明しようと中に入ってかばんを机の横に無造作に置くと、ベッドに座って床に腰を下ろした片割れの顔を見る。
「さっき帰り道で変な女の子に会ったんだ。急に空から降ってきて、着てた服も変で……」
桜の花を纏いながら音もなく降りてきた少女は困ったように笑っていた。
信じたくはないが、あれは人間ではない。
洋輔は真剣に話す彼の言葉にう〜んと考える素振りをする。そして出た結論が。
「わかった。きっと妖精さんだよ」
「………は?」
まじめに聞いていたのにとんだ呆れた冗談だ。
「浩輔にもわからないんでしょ?だったら忘れたほうがいいと思うよ?あ、もしかして立ったまま寝てたんじゃない?」
「それは夢だって言いたいのか?」
「そう思ってたほうが楽だよって言ってんの」
どうせ自分たちには関係のないのなら忘れたほうがいい。
いつかは今日のことも忘れていくのだから。
洋輔の言葉に納得した浩輔はそうだなとうなずき、立ち上がると二人は部屋を出て電気を消した。



☆☆☆
人界の街は白界と違い、明るくて暗いにも関わらず人の行き交いは途絶えない。
街の外れには、街とそれに面した海を一望できる高台がある。
夜は誰も立ち寄らないだろうが、昼間でもおそらく人はあまり来ないだろう。
ふいに夜風に吹かれ、翻った銀糸が黒く染まった世界を照らし出す。
闇夜を弾く銀髪は肩を少しばかり越えたほどで、彼は目にかかる前髪を鬱陶しそうに掻きあげる。街を見下ろす瞳は深海を思わせるサファイアブルーで、そこには感情というものを閉じ込めている。
およそ二十歳前後だと推測される顔立ちは秀麗である。
青年は着崩したジャケットの合間から覗いた胸元を飾る銀色のネックレスを手のひらに乗せる。それが月光に照らされて鈍く煌いた。
「……やっと動いたか」
街に忍んだ四つの神気が思い思いに行動を開始した。その中にはもうひとつ自分のよく知る気配も紛れている。
自分は今神気を抑制しているからおそらくあの子は気づいていないだろう。
そして彼の仲間自身も。
「まだ会うわけにはいかないからな」
いまだ時は満ちていない。
男は身を翻すと、風に紛れてふっと姿を消した。


―――早くお前の手で俺を闇に葬ってくれ、クロカ。



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