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01 : 第一話




あれから一夜が明けた。
守護神を探していたが、結局見つからなかった二人は人目につかない廃屋で夜が明けるのを待っていた。
「フィアナ、いつまで寝てるんだ。さっさと起きろ」
昨夜はなんだかんだと寝付くのが遅く、フィアナがまだ目を覚まさないでいる。
おそらくいろいろな不安もあったせいであまり眠れなかったのだろうが、太陽はすでに天頂に達しようとしている。
「……うん、いま起きるぅ………」
寝ぼけ眼で一度はうっすらと目を開けるフィアナだが、それはまたすぐに閉じられる。
「守護神を探すんだろ。放っていくぞ」
いつも彼女を起こすのは一苦労だ。毎日起こしてくれていた彼らの育ての親の苦労が今になってわかった。
セノトの言葉にそうだった、と目を開ける彼女だが、やはりまたゆっくりと閉じられ、最後には寝息に変わる。
いくら待っても無駄だろうと判断したセノトは盛大なため息を吐き出すと、そっと少女の頬に手を伸ばした。
「さっさと起きろ」
言葉とともに彼はすやすやと眠っている彼女の両頬を一斉に引っ張った。
手加減はしたはずだが、彼女にしてみれば痛かったのか、突然の痛みにさすがのフィアナも飛び起きる。
「ひやぁっ、い、痛い。お、おきるからぁ〜……」
手が離れた頬は少し赤みを帯びていて、フィアナはそれをさすりながらのろのろと起き上がる。
「いたい………」
「早く起きないからだろ」
ひりひりと痛む頬に手を当てて見上げてくる彼女の不満に満ちた瞳を見て、セノトはもう一度ため息をつく。
「もう昼過ぎだ。さっさと守護神を探しに行くぞ」
それでなくとも自分の守護神も探さないといけないのに、こんなことで時間を食っている暇はない。
まだ抗議してくるフィアナの言葉を受け流し、無理矢理話を終わらせると強制的に先に進める。
「うん……わかった」
自分の知っている言葉ではたぶん彼には勝てない。
諦めたフィアナは潔くうなずくと、立ち上がって服についた埃を払う。
彼らが一夜を過ごした廃屋はビルが立ち並んでいる大通りより少し離れたところにあった。
周りは特に人気はなく、二人は何食わぬ顔で商店街に入る。
「ねぇ、セノト。どうやって探すの?」
歩幅が全く違うので一歩前を歩いているセノトの横顔を見上げ、フィアナは小走りでついていきながら尋ねる。
行き先も決めずにただあてもなく歩いているだけではおそらく見つからないだろう。
彼のことだから何か考えがあるのだろうが。
「お前の力になるのは闇だろう?この近くでは感じないのか?」
少女の問いかけに少し考える素振りをしていたセノトは歩を進めながら逆に問い返す。
「ううん、感じない」
軽く神経を研ぎ澄ますフィアナだが、近くにそれらしき波動は感じない。
むしろいろんな人間の気配が混ざり合っていて、正確には把握できない。
「そうか。なら、学校をしらみ潰しに探していくしかないな」
「………?どうして学校なの?」
街なら人間もたくさんいて運がよければ見つかるかもしれないのに、なぜあえて確率の少ない学校なのだろうか。
首をかしげる彼女にセノトは小さく息を吐き出した。
「フィアナ、守護神の力が覚醒するのは何歳ごろか知ってるか?」
「え、十歳くらいだよね」
それがどうしたのだろうか。
きょとんとしたフィアナは歩きながら、その大きなルビーの瞳を彼に向ける。
それから何かを思い出したのか、あっと声を上げた。
「十歳ってゆったらもう学校いってるもんね」
しかも今日は人界では平日だ。学生は今は学校に行っている。
「それにあいつの情報では今回の守護神は通常より遅れているらしいからな。もしかすれば中学くらいかもしれない」
彼の親友が手に入れてくれた情報からある程度の手がかりはうかがえる。
ようやく意味がわかったフィアナはうれしそうに笑うと、先ほどとは打って変わった様子で歩き出した。
「じゃあ、学校を探そう」
自分が彼女の近くにいてよかった。でないと、おそらく彼女は今頃途方に暮れていただろう。
我知れずため息がこぼれたセノトだった。


街を南に進むとやがて大きな建物が見えた。赤褐色の四つの棟はすべて二階建てで、それらは渡り廊下で繋がっている。
現在は昼休みらしく、流れている音楽が校内に響き渡り、生徒の声が絶え間なく聞こえてくる。
「いるかな………」
学校の校舎を見上げるフィアナの表情が一段と険しいものになる。
セノトはそれを見て見ぬ振りをすると、視線を逸らす。
「さぁな。とにかく今行っても見つかって騒ぎになるだけだ。授業が始まるまで待つか」
人界での常識は少しは心得ている。昼休みは休み時間の中でも一番長く、一時の自由を皆は思い思いに行動している。
今、焦って騒ぎを起こされては元も子もない。
慎重すぎるかもしれないが、校内を誰も出歩かない授業中に忍び込んだほうが賢明だろう。
こういうときに守護神たちの神気がきちんと覚醒していてくれれば、この程度の距離でなら波動を感じることもできるのに。
しかしそれを今更言ったところでしょうがない。
冷静に判断したセノトはそう提案し、彼女を連れて裏口に回って待機する。
授業に出席する教師のほかにも校内を行き来する教師もいる。一階から入っても見つかる確率が非常に高くなる。
ここは屋上から下りていったほうがいい気もするが、幸いにも彼女たちがいる裏口の隣に非常用の階段があった。
それを使えば、人目につかず入れるだろう。
フィアナは扉の前にある段差に腰を下ろすと、ほうと息を吐き出す。
お願いだから、ここにいててほしい。
早くあの人を見つけたい。見つけて………。
ふいにフィアナは壁に背を預けて腕を組んでいるセノトを見上げる。
「ねぇ、セノト」
ぼーっと前方を見据えている彼は仲間の声に視線を下に向け、どうしたのかと目で先を促す。
その意思を読み取った彼女は言葉を選びながら話す。
「セノトの目的って、わたし知らないよね」
今まで本人に直接聞いたことがなかった。
他の仲間に聞いても知らないという回答で、さして気にも留めていなかったが、急に頭をよぎった。
彼女の質問に虚を突かれたセノトは軽く目を瞠る。
「そうか?まぁ、たいしたことじゃないからな」
「教えてくれないの?」
「知っても別に得することはないぞ」
「それでもいいよ」
「…………」
じゃあ別にいい、という返事を期待していたセノトだが、思いのほか彼女の押しが強く、さすがの彼も次の言葉が思いつかない。
彼は自分のことをほとんど話さない。いつも一人で解決する。
おそらくユアもクロカもセノトのことを詳しくは知らないだろう。知っているとすれば、幼い頃からいっしょにいた蓮呪くらいだ。
珍しく困った表情をしている彼に気づいたフィアナは罰の悪そうな顔でしゅんと落ち込む。
「ごめん、困らせるつもりなかったの」
自分は自身の目的以外、みんなの目的や過去を知らない。だから本当は何も知らない自分が嫌だったのだ。

―――わたしはみんなのこと、何も知らないんだな、と。

しかしセノトがこれほどまでに口を閉ざすのには何かわけがあるのだろう。
それを無理に問い詰めるのは駄目だ。
うなだれるフィアナの頭をくしゃりと撫でると、彼は気にするなと微笑を浮かべる。
「今はまだ言えないが、そのときが来たら教えてやる」
きっと彼女の求める本当の理由を知れば、おそらく今までどおりというわけにはいかなくなる。
あと少しで終わるから、そのときが来るまで。
「セノトがゆってくれるなら待ってる」
少しでも仲間のことを知りたい。どうして今まで彼らのことに無関心だったのだろう。
フィアナは満面の笑みを浮かべると、大きくうなずく。
それと同時に昼休みが終わるチャイムの音が学校中に響き渡った。
「終わったみたいだな」
「うん。じゃあ、いこっか」
少女はよいしょと立ち上がると服についた砂を払い、セノトとともに非常階段から中へ入っていく。



第一話終わり



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