≫ NO.4



玄関の左手に椅子が三つとテーブルがあり、その奥に作り付けのキッチンと戸棚がある。そのほかには少女が今座っている横長のソファとその前に置かれた机くらいしか家具と呼べるものはなく、荷物も少ない。
「あの、助けていただいてありがとうございました。それと先ほどはすみませんでした」
部屋の中を見渡していた少女は礼と詫びを重ねて、深々と頭を下げると、最後の言葉に思い当たったアルトが首を横に振る。
「別に君のせいじゃないよ。あそこで立ち止まった俺も悪いしさ、気にしてないから」
二人の会話から、どうやらさきほど曲がり角でぶつかったときのことを言っているのだろう、とカイルも思い出す。
アルトの言葉に頭を上げた少女はこくりと頷き、ふいに確かめるような視線を二人に向けた。
「……あの、あなた方は王城の方ではない、ですよね?」
彼らは自分には危害を加えないと言った。
どうして見ず知らずの自分を助けたのか。この街にいるのであればあの男たちが警備兵であることは知っているはずだ。それなのに、自分を匿ってくれている。
それが一番釈然としなかった。
アルトはその問いに安心させるように微笑を浮かべ、頷いて見せた。
「俺たちは別に王城の奴らとは関係ないよ。逆に問うけど、仮に俺たちが王城の警備兵の仲間だったら、君はどうした?」
一変して鋭い瞳になったのを見て、微かに少女は怯えた。
彼が言っているのは、どうして安易にアルトの誘導されるままにここに入ったのか。
綺麗なアメジストの瞳を持つ少女は困惑した様子で、視線を泳がせる。
「ごめんなさい……わたしにもわかりません。ただ、あなた方の言葉がすごく安心したんです」
根拠はない。彼らが偽っているだけで、自分はそれに安心したのかもしれない。
ただの直感だったのだ。
頼りなく俯いて言葉を紡ぐ少女を見下ろし、アルトは申し訳なさそうに苦笑した。
「ごめん、聞き方がきつかったね。大丈夫、警備兵じゃないよ。俺たちは何でも屋で、この街にも一ヶ月前くらいに来たんだ」
「…何でも、屋…。そうですか」
幾分か少女は安心したように、すうと肩の力を抜いた。
しかしさらに鋭い質問が彼女になされた。次に問うたのはカイルだった。
「……どうしてあいつらに追われていたんだ?王族か?」
「ち、違いますっ。でも関係は、ありました……」
アルトのものとはさらに研ぎ澄まされた視線が少女を射抜く。おそるおそる答えた彼女にカイルの瞳はさらに剣呑さを帯びた。
するとアルトは萎縮して答えた少女を見かね、カイルの額を軽く指弾した。
「こら、睨んじゃ駄目でしょー。怖がってるじゃん」
「別に睨んでねぇよ。生まれつきこういう顔なんだ、しょうがねぇだろ」
「いえ、大丈夫です」
自分のせいで彼が責められたことに多少の申し訳なさを感じ、努めて明るい笑顔を見せた。
その後短い沈黙が降りたが、それはすぐにアルトによって破られる。
「ところでさ、君の名前は?俺はアルト=フィオレット。こっちが仕事仲間のカイル=レイテスね。顔は怖いけど、噛んだりしないから大丈夫だよ。これで案外優しいから」
今更ながらに彼女の名前を知らなかったことに思い至り、冗談交じりに紹介をするとその仕方が気に入らないのかカイルはふいと顔を逸らして呟いた。
「別に噛まねぇよ。だいたい噛むって俺は魔物か何かか」
「えー、カイルが魔物だったら相当性質悪いね」
「……………」
それをお前が言うか。俺よりお前のほうが人間だとしても性質が悪いわ。
そう思ったが、口には出さずに睨むだけにする。
しかしそんなカイルをアルトはどこ吹く風で受け流し、少女の方を見ると彼女は口許に手を当てて笑っていた。こんな笑顔の彼女は初めて見た。
「あーあ、カイルのせいで笑われちゃった」
「はぁ?」
さらには笑われたことを自分のせいだと言う相棒にカイルの表情は不穏なものになる。
「あ、ごめんなさい。でも仲が良いんですね。わたしは雪奈と申します」
「雪奈か。君に似合った名前だね。雪奈肌白いし、雪みたい」
なんとなくそう思っただけで、別段考えがあったわけではないが、雪奈は大きな瞳でアルトを見上げた。
それに気づいて何か変なことでも言ったのだろうか、と首を傾げた。
「別にそういうわけではなくて、小さいときにも同じこと言われたのを思い出して………少し懐かしく感じたんです」
そういう彼女の表情は優しく、しかしどこか哀しそうだった。
その様子をカイルは無言で窺っていたが、やがて視線を逸らせた。
「ね、雪奈はどこに行くつもりなの?」
「……え?」
ふいに尋ねられた質問の意図が掴みきれずに聞き返してしまうが、すぐに理解すると少し逡巡したのち口を開く。
「わたしは、ここを出て極北にあると言われている泉に行こうと思っています」
「……泉?」
北と言えば極寒の地である。誰も近寄らない場所なのでそこに泉が存在しているのかはアルトも知識がない。普通の泉ならすぐさま凍ってしまうだろうから、そうなればただの泉ではなさそうだ。
彼女の言葉の切れ端を反復したアルトが呟いた声を拾い、彼女は小さく頷く。
「”命の泉”と呼ばれています。わたしも本当にあるのかどうかはわからないのですが、文献にはたしかにそう書いてありました」
雪奈の話を口許に指を当て、考えているアルトの隣でカイルが険しい表情をしていた。
「ひとはその命を終えると世界の始まりとも言える泉に還る。そこで転生を待ち、次の生命を生む。それが命の泉の言い伝えだろ」
「……どうしてそれを」
少女のみならず長く共に仕事をしていた相棒でさえ、驚いた顔をしている。
「なんでカイルが知ってるの?」
「俺も昔に読んだだけだ。でもあれは言い伝えであって、実際に見た奴はいねぇんだろ。どうして行きたいんだ」
視線を向けられ、雪奈は小さく頷いた。
昔から伝わっている伝承のようなものだ。事実、見た人はいない。
「それでも行きたいんです。行って確かめたいことがあるから………」
「その理由は」
間髪入れずにカイルは問いかけた。
極北は未開の地とも言われている。極寒ゆえに誰も近寄れず、試みた人も戻ってこられたのかもわからない。そんな場所をたった一人で行こうとしているのだ。
珍しく畳み掛ける相棒をアルトは口を出さずに聞いている。
「泉は死者の世界とも繋がっていると云われています。わたしはそこで真実が知りたいんです」
強い光を帯びた瞳を二人の青年に向け、雪奈は過去を思い出す。
「わたしには年の離れた兄がいましたが、十二年ほど前に亡くなりました。そして兄が亡くなった日、同じ時間に母も同様に亡くなったと聞きました」
当時四歳であった彼女にはどうなったのか、本当のことはわからない。記憶が欠けているのだ。
どれほど父親に尋ねたとしてもその話題には触れようともしなかったし、誰もがそれが禁句であるかのように話題には上らなかった。
まるで初めからいなかったかのように。
「父は教えてはくれませんでした。だから自分で調べてみたんです」
図書館に行って過去の新聞を紐解いたり、街でそのことについて知っている人がいないかどうかの聞きまわりもした。
すると浮かべ上がってきたのは、彼らは何者かに殺されたと言うことだった。
遺体には大きな刺し傷があり、その周りには大量の水が散らばっていた、と。
「わたしはお母さんの顔も兄さんの顔も覚えてません。…………思い出せないんです。だからせめて本当のことが知りたい………」
それがたった一つ自分にできることだ。
しかし彼女の話を、眉間に皺を寄せて聞いていたカイルはけっして賛成はしなかった。
「やめておけ。殺された事実を知ることは、殺した奴を知ることになる。お前はその事実を知る覚悟があるのか?」
彼の言葉は優しいものではなかったが、アルトも思いは同じだった。
「そうだね、殺されたんならなおさら、本当のことを知ったときすごく辛いと思う」
冗談を言っているわけではない。二人の瞳は真剣そのものだった。
まるで、そういう経験をしてきたかのように。
しかし雪奈は怯えることもなく、二人の青年を見上げて、そして静かに瞼を伏せて頷いた。
「わかっています。それでも知らない振りをしているわけにはいかないんです」
そして一際強い光を宿し、雪奈は微笑んだ。
「覚悟はできています。どんな真実であろうと、わたしは受け入れます」
そのために家を出ることを決意した。生半可な覚悟ではないと自分では思っている。
「……そっか。ごめんね、会って間もない俺たちが知った風な口利いて」
あくまでも彼女の問題なのだ。自分たちがとやかく言うことではない。
しかし雪奈はふるふると首を横に振り、嬉しそうに笑った。
「いえ、うれしかったです。ありがとうございました」
初対面でここまで心配してもらって、今まで別の意味で重宝されていた雪奈にとってこの上なく嬉しい。



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