それから少しの沈黙が流れるが、重苦しい雰囲気はなかった。
「雪奈、俺たち明日にでもこの街を出てるつもりなんだけど、一緒に来る?」
どのみちこの街での仕事は見つからなかったし、カイルとも一度東の街に戻ろうと思案していたところだったのだ。
クラウディスに来るまで二人が生活をしていたところでもある。
「ここから北って相当距離があるし、一人じゃ危ないでしょ。カイルもいいよね?」
「どうせ俺に決定権はねぇんだろ」
決定を変える意志もないくせにあえて聞いてくるとは。
呆れた様子で返すカイルにアルトは笑みを浮かべると、雪奈に向き直る。
「どうする?雪奈が決めて」
「………では、お願いします」
果たして彼らと共に行っていいものか迷っていた少女だが、自分ひとりの力で極北まで辿り着ける自信ははっきり言ってない。
深々と頭を下げた雪奈の髪をくしゃりと撫でると、満足そうな笑みを浮かべた。
そしてふいに何かを思い出した少女はあ、と声を出す。それに若干驚いたアルトは首を傾げていると、彼女は首から提げていたネックレスを外した。
「あの、これを。報酬を兼ねて助けていただいたお礼です」
「………?」
とんと手のひらに乗せられ、彼はそれを見下ろす。小さな透明の石がついたネックレスだった。石以外に装飾はなく、素朴であるがそれがまたいい。
それが何なのかを知った途端に漆黒の瞳がみるみる見開かれ、その様子を胡乱げに見ていたカイルは相棒の手の中を覗いて見るが、彼にはそれがいったい何なのかはわからない。
「……なんだ、その石は」
彼の手に乗った小さな透明の石。とても価値があるものとは思えないが。
「え!?ちょ…カイル知らないのっ」
仲間の興味のなさそうな発言に信じられないといった風情のアルトは眩暈を覚えた。
これほどまでに有名な宝石を知らないとは。
「これはステラ石だよ。世界に少量しかなくて、たとえ米粒の大きさでも相当の価値があるんだ。この大きさならたぶん島一個は買えると思うよ」
「…………」
もしかすればそれ以上の値がつくかもしれないが、その事実だけでカイルには十分だった。
むしろ逆に金額のたとえが巨大すぎて認識できないでいる。
こんな小さいものがそれほどすごいものなのか。
しかしアルトはそのネックレスを雪奈に返した。
「でもこれはもらえないよ。それに雪奈とは正式に契約したわけじゃないし、報酬はもらえない」
「で、でも………」
それでも雪奈は納得がいなかった。
ただでさえ、窮地のところを救ってもらい、挙句の果てには同行させてもらえるのだ。
「お願いします、受け取ってください」
必死に差し出す彼女にさすがのアルトも困った様子で頬を掻く。
するとその隣にいたカイルがすっと雪奈の手からネックレスを取り、相棒を見た。
「なら、これを受け取って最後まで雪奈に同行すればいいだろ」
依頼と対価は同等でなくてはならない。
それを案じているのであれば、問題は解決する。
「それに、東の街に戻ったとしても生活に余裕がないのは変わらねぇんだ」
最もな意見に思案顔をしていたアルトはほうと息を吐き出し、カイルからネックレスを受け取って頷いた。
「そうだね、雪奈の言う命の泉っていうのも気になるし」
大きく関わってしまったのだから、今更知らない振りをしたくはない。
そう言ってアルトは雪奈を見た。
綺麗なアメジストの大きな瞳がこちらを見上げている。
「いいのですか………」
そこまで話が進むとは思っていなかった雪奈なので、少し戸惑っている様子だった。
黒髪の青年はにこりと微笑み、頷く。
「じゃあ、依頼ということでこの契約、雪奈の願いが果たされるまで俺たちから切ることはない。よろしくね」
そう言ってアルトは手を差し伸べ、握手を求める。
「はい、本当にありがとうございます」
それに応じるように雪奈も手を伸ばし、微笑み返した。
いったいいつから歯車は回っていたのだろうか。
そんなこと、決まっている。十二年前のあの日からだ。
もう後戻りはできない。
彼女も、依頼を引き受けた二人の青年も。
誰も過去に戻ることは許されない。
第一話終わり
←BACK PAGE