≫ NO.2



やはり中心都市だけあって街の大きさは相当なものだ。
ここに来て早くも一ヶ月になるが、それでも街の表部分でさえ未だ把握できていない。
街の中心には南北に横断する大通りがあり、その通りの中心にはこの地域を治める王城が構えられている。そして同じようにこの一帯を仕切っているブレイン家の屋敷は王城の敷地内にあるのだ。
大通りは通称「ヘヴンストリート」と呼ばれ、街のシンボルでもある。ここは世界中の国から人やものが集まり、軍事力でも世界最強国と謳われていた。
「ここなら仕事あると思ったんだけどな………ここも駄目かなぁ」
ヘヴンストリートを王城に向けて歩いていた男はしょうがないといった様子でほうと息を吐き出す。
クラウディスほどの大きい街なら金銭の流通はいいはずだ。ここでなら仕事もあると思っていたのに、滞在し始めてから一ヶ月であるにも関わらず依頼は全くない。
漆黒の髪は短く切られ、黒曜石の瞳はしかし困ったふうには見えない。
纏っている衣装は真っ黒で、いたるところに巻かれたベルトの金具が光に照らされて鈍く煌めく。片手には愛用している刀が握られ、その鞘につけられた飾りの珠が彼の歩調に合わせてゆらゆらと揺れる。
二十歳前後のように見えるが、穏やかさと醸し出す雰囲気がそれよりも低く見せている。
呟いた彼の一歩先を歩いている仲間の男は背中から聞こえてきた緊張感の欠ける言葉に呆れた風情で肩越しに彼を見る。
「今度は大丈夫とか言ってたくせに結局それじゃねぇか、アルト」
もっと真剣になれ、とか今日仕事が見つからなければどうなるかわかっているのか、とかいろいろと言葉は思いつくのだが、実際口から出てきたのは深い深いため息だった。
背中を流れる藍色の髪は全くくせがなく、無造作に伸ばされた前髪の合間からはブルークォーツの瞳が覗いている。
夏の盛りにも関わらず長袖のジャケットを着ていて、その裾からは腰のホルダーに差された二本の短剣が見え隠れする。
アルトより幾分大人びて見える彼はおよそ二十代半ばといったところで、吊り上った目が見られた者に恐怖感を与えてくる。
彼らは報酬と引き換えにどんな依頼でも請け負ういわば「何でも屋」を営みながら各地を転々としているのだが、最近はとんと仕事が入ってこないのだ。
そして今日仕事が見つからなければこれからの生活が厳しくなってしまうのだが、この原因を彼は知っていた。
「だいたい依頼はあるのに仕事のわりに報酬が少ないとか、依頼主とそりが合わないとかで断ってるからこうなったんじゃねぇか」
それはアルトが一番よくわかっていることのはずだ。
痛いところを突いてくる相棒にアルトは苦笑を洩らさずにはいられなかった。
まったく容赦のない言葉だ。
「カイルだってしょっちゅう依頼主とケンカしてたじゃん。それに今回はいける気がする。俺の直感だけど」
「貴様の勘は今まで当たったことないだろ。もう一ヶ月になるんだぞ」
いったいその自信はどこから来るものなのか知りたいものだ。
全く危機感のない発言に即答で返すカイルだが、これ以上彼を相手に何を言っても無駄だと言うことは長い付き合いからわかっているので、息を吐き出してやり過ごす。
そういえばアルトと出会ってかれこれ十二年ほどになるのだ。それほど長い付き合いなら互いに知らないことはほとんどない。ゆえにアルトの性格も例外ではなく、口では勝てないことは重々承知だ。
そしてここはおとなしく従っていたほうが賢明だということも。
そんな埒もないことを考えていたカイルは後ろでふいにアルトが立ち止まったことに気づき、遅れて彼も足を止めた。
今度は何だ、と半ば呆れながら身体ごと向き直ると、相棒は店と店の間にある細い道の奥をじっと見ていた。おそらく裏通りに続いているのだろう、そこは光が差さずに薄暗かった。
「どうした?」
「……なんか、声がしたような」
曖昧な物言いにカイルは訝しげに眉を寄せた。
しかしそんな様子もお構いなしにアルトはその細い道に足を踏み入れた。
「おいっ、アルト!?」
ずんずんと進んでいく彼にさしものカイルも驚いた。
全くなんでいつもいつも自分勝手な行動をするんだよ。いい加減こちらの身にもなれ。
そう思いながらもカイルは盛大に舌打ちを洩らすと、彼の後を追って裏道へと入っていった。



細い道を抜けるとそこは大通りの裏にある住宅街で、彼らは比較的開けた場所に出た。
表の賑やかさとは裏腹にしんと静まり返っていて、民家を見てもあまり裕福そうな様子ではなかった。
「これほど表と差があるとはね」
先に行っていたアルトは辺りを見回しながらぽつりと呟く。
どの街でも貧富の差というものはあるものだ。ましてやこれほどの街ならなおさら差は大幅に天と地を分ける。
ふいに昔のことを思い出したアルトだが、頭を振ってそれを追い出し、さらに足を進める。
少し進むと目の前に短い橋がかかった水路があった。しかしそこに水は流れていないので、おそらくは古い水路で今は別の場所にあるのだろう。
二人は軒並みを連ねる住宅の中に入った途端、複数の足音が風に乗って聞こえ、反射的に立ち止まった。
「………?」
何事かと辺りを見回したアルトは、彼の右側にあった曲がり角を勢いよく曲がってきた人影と派手にぶつかった。
「きゃっ」
「………っ!?」
突然のことにさすがのアルトも数歩よろめくが、なんとか持ち堪え、跳ね飛ばされてしまった少女を見る。
彼女も倒れることはなかったようで驚いた表情をしていた。
銀糸の髪に紫苑の瞳をしたかわいらしい少女だった。
まさか人と衝突するとは思ってもみなかった彼女は申し訳なさそうに頭を下げて謝る。
それにアルトは苦笑を浮かべて大丈夫だから気にしないで、と少女の小さな肩を叩いた。
「本当にごめんなさい」
少女は再度深々と頭を下げると、急いでいるのかそのまま踵を返して駆けていった。
「………わけあり、か。………ん?」
彼女の後ろ姿を見ながら呟くが、生憎カイルには聞こえなかったようだ。
すると姿が家の角を曲がって見えなくなった頃、先ほど彼女が出てきた道を複数の男たちが走ってきた。
そして二人の青年に気づくと、そのうちの一人が代表して前に出た。
「この辺で銀髪の少女を見ませんでしたか?」
見覚えのある制服に身を包んだ男は礼儀正しく問いかけてきた。
アルトはあの少女のことを言っていることを瞬時に理解し、考える素振りをする。
「うーん、あーあの子かな。たしか女の子ならあっちに行ったと思うよ」
そう言って指を差したのは少女が逃げていった方向とは逆の方だった。
しかしそれを知らない男は頷いて仲間に目配せし、礼を言ってからアルトが示した方へと駆け出す。
その後ろ姿にわざとらしい笑みを浮かべて手を振り、ふいに口許に指を当てた。
「あの制服…………」
たしか王城の警備兵の制服だ。
そう思い当たってカイルに話しかけようとした刹那、彼は少女が走り去って行った方へ駆け出していた。
「え、ちょっとカイル!?待てって!」
さしものアルトもぎょっとし、状況の理解に励むがわからない。しかし見失わないようにすぐさま後を追いかけた。



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