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第一話「雪の少女」




いったいどれほど走ったのだろうか。
走っても走っても、同じ造りの民家が軒を連ねている。
自分はそれほど運動神経がいいわけではないし、むしろ持久力は皆無に等しい。
なのに、これだけ走った自分は褒めるに値するはずだ。
十六、七歳だろうか。幼い顔立ちは丸みを帯びていて雪のように白く、紫苑の瞳は大きくてくりんとしている。
くせのない銀糸の髪は上半分を赤いリボンで結い上げ、彼女が足を前に出すたびに上下に跳ねる。
ひざを少し越える丈の薄い桃色のワンピースを着ているが、少々走りにくそうだった。
少女は息を切らせ、肺が爆発しそうな気がしても構わずに自分の持てる最大限の速度で路地を駆けていた。
後ろから数人の男が追いかけてくるが、細い路地に入り組んでいるのでなかなか追いつけないでいる。
足の遅い彼女にとっては幸いだった。
とにかく人の多い大通りからは遠ざからなくては。おそらくこのクラウディスの街の人たちはブレイン家の手が回っていることだろう。
目撃されるのはあまり好ましくない。
背中越しに後ろを振り返ると、見覚えのある制服に身を包んだ男たちがざっと十人ほどはいる。
少女は泣きたくなった。
まさか追ってくるとは思わなかった。いや、自分がいなくなると父親が困るか。


―――わたしは大事な道具なのだから。



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