≫ No.2




次の日。
家を出たクロカの手には、昨晩作ったお菓子の入った紙袋を提げている。友達である杏里やあみにも配るつもりでいるのだ。
藤の分は昨日のうちに渡しておいたので、友達のほかには島崎とセノト、双子とフィアナ、後他一名だけである。まぁ、他一名は別段あげる必要はないのだが、せっかくなので渡してあげることにした。
そして昨日に増して、藤は上機嫌で通学路を急いでいる。
途中ユアと島崎とも合流し、その後でフィアナとセノト、相川兄弟と出合う。
フィアナはユアやクロカを見つけると、早く渡したくて駆け寄ってきた。
「はい、ばれんたいんのクッキーだよ!」
わたしが作ったんだよ、と嬉しそうに言いながら、小さい包みに可愛らしくリボンのかかったクッキーを順番に手渡していく。もちろん彼女たちの守護神に。
「ありがと、フィア」
「私にもくれるのね、ありがとう。じゃあ、これはフィアナに」
ユアが嬉しそうに包みを見下ろして笑い、クロカは代わりに自分が作ったお菓子の包みを彼女に手渡す。
島崎も薄く笑みを浮かべて礼を言い、藤は二つ目のプレゼントに嬉しすぎてはしゃいでいる。


学校の門を抜け、下足室に向かうと、何やら女の子がわらわらと集まっていた。アイドルを待ち構えているような、そんな様子だ。
そして八人が姿を見せると、待機していた女の子の群れがわっと行動に移す。もしかして誰か一人は自分のところに来るかな、と甘いことを考えていた藤だが、そんな彼の横を素通りして彼女たちの目指す先はセノトだった。
さすがの彼も圧倒的な彼女たちには驚いた様子で戸惑っている。
あっという間にセノトの姿は女の子たちで見えなくなると、その場にいた全員ぽかんと口を開けて唖然としていた。
「……さすが、セノト。ていうか、あいつ甘いもの苦手じゃなかったか……」
ユアは特に答えを求めるわけでもなく、小さく呟くと洋輔がチョコだったら僕が食べてあげるよ、と目を輝かせていた。
あの女子の大群の中に入ってセノトを救出することもできず、とりあえずその場は洋輔に任せるとしてクラスが別なほかの六人はそれぞれ教室に向かった。
階段でフィアナたち二年組とは別れ、教室に入ったユアは扉付近でふいに呼び止められ、廊下の方を振り返る。そこには杏里が立っていて、ぎくしゃくした様子でほんのりと頬を赤く染めている。
「あ、あのこれいつも迷惑かけちゃってるし、助けてもらってるからそのお礼にバレンタインのチョコ。時間なくて市販のでごめんね」
「別に気にすることねぇのに。でもありがとう、杏里」
申し訳なさそうに差し出してきた彼女のチョコレートを受け取り、笑って礼を言う。
「次のバレンタインは手作りにするから」
「ああ、楽しみにしてる」
もうあと少しでこの学年が終わってしまう。そうすれば学校が離れてしまい、来年は渡せるか保障はない。
しかしそんな寂しい思いは無理矢理掻き消し、杏里は優しい笑みを浮かべると自分のクラスへ戻っていった。


そして放課後、ユアたちのいる教室に集まった二年生組みの四人は、そこで意気消沈している藤が視界に入ってきた。
「……どうしたの、藤くん。聞くまでもないと思うけど」
浩輔は朝とは雲泥の差である彼のテンションに呆れた様子で尋ねる。理由はだいたい想像はつくが。
「まぁ、チョコはもらえたけど告白はなかったな」
「でも、もらえただけマシよ」
浩輔に説明する島崎の隣で、クロカは苦笑を浮かべてなんとか宥めている。
藤がもらえた数は結局フィアナとクロカのを合わせて五つほどだった。
「そういえばセノト、あなた今日もらったものはどうしたの?それだけじゃないでしょう?」
あれほどの人数のプレゼントをもらったのに、彼の荷物は朝とさほど変わらないのはおかしい。
「…ん?ああ……あれは……」
クロカの指摘にセノトは歯切れの悪い返事を返し、視線を洋輔の手元に滑らせる。
その先には色とりどりの包みがめいっぱいに詰まった紙袋を二つ提げていた。しかしそれを考えても少なすぎるのではないだろうか。
「セノトがもらったものの中でお菓子だけ選んで分けてもらったの。でもこっちのは僕がもらったものだよ」
本人は甘いものが苦手だと言っているし、断るのも気が引けるのでどうせ食べないのであれば代わりに洋輔が頂いたのだ。
しかし皆の驚きはセノトのもらった量よりも洋輔のほうだった。
「たぶん、お礼じゃないかな。バレンタイン前に味見してあげたし」
好きな人にあげるのならやはり美味しいほうがいいに決まっている。それの確認を洋輔に頼んでいた女子は大勢いたのだ。
なんというか、それはそれでなんと言っていいのやら。
「別に僕はそれでもいいよ。お菓子いっぱい食べれるし、好意持たれても困るよ」
皆の心が手に取るようにわかっている洋輔は満面の笑みを浮かべる。
最後の言葉、これは理由を尋ねてはいけない気がする、とその場にいた仲間は一斉に思い、その中でも浩輔は一際自分の身に危険を感じたのだった。
「いいよ、俺はフィアナちゃんにももらったし」
周りが自分よりも遥かに貰っていることに釈然としない藤は不貞腐れる。
俺のために健気に作ってくれたんだ、と自分に言い聞かせ、ユアにお前のためじゃねぇし、と言われながら彼はフィアナにもらったクッキーのラッピングを外す。
クッキーミックスで作ったとクロカから聞いていて、洋輔からは彼らの母親が見ていてくれたと教えてくれていたので、危険なものではないだろうし、藤以外は休憩時間に食べて味に心配ないことはわかっている。
ありがたくクッキーを口に入れると、ふと中に何かが入っていることに気がついた。
「……?」
不思議な顔をしている彼に気づいた他の人たちは一斉に藤に向く。
「どうしたの?弘人くん」
「中に何か入ってる。苺?」
確かに苺味の何かが入っている。しかしこの食感は何なのだろうか。
洋輔の問いかけに小さく返すと、気になった藤はもう一つクッキーを取り出して、うさぎには申し訳ないが真っ二つに割る。その中身の正体を見た洋輔を除く全員の目が点になった。
「フィアナちゃん、これ中に何入れたの?」
「何、この紫色のでろっとしたやつ」
見た目的にはすごく毒々しい色をしていて、食べてしまった藤は青い顔をしている。
「浩輔のお母さんがね、中にも何か入れたらいいんじゃない、ってゆってたから冷蔵庫に入ってたジャムを入れたの」
「ジャムって、あの苺の?」
別に変なもの入れてないよ、と不安な顔をするフィアナに浩輔は記憶を手繰る。
確かに冷蔵庫には苺ジャムの瓶が入っていたし、賞味期限もまだまだ大丈夫で色も綺麗な赤色をしていたはずだ。
何をどうすればこんな色になるのだろうか。
「まぁ、味は苺なんだけどな。美味しいし」
「見た目の問題ね」
「あ、それ藤くんのしか入ってないから」
「「……え?」」 自称苺ジャムクッキーについて話し合っていたクロカと藤に、洋輔は笑みを浮かべた。
昨晩、彼女が何かを入れようとしているのを見つけた洋輔は出来上がった苺ジャムクッキーの中身を確かめたのだ。すると、すでにああなっていてこれを自分の分に入れられたら困るので、全部藤くんのところに入れておいてね、と頼んだのだ。
「おい、俺はどうなってもいいのか、洋輔」
真実を知ってしまった藤はあまりのひどい事実に目を半眼にする。
「まぁまぁ、見た目はあれだけど、味は大丈夫だからいいじゃない」
しかし洋輔は全く悪びれた様子もなく、くいくいと次のクッキーを勧める。
まあせっかくフィアナが作ってくれたものなので無下にすることは出来ないし、何より背後で構えているユアが一番怖い。
今も、俺のフィアが作ったものが食えねぇって言うのか、という彼の言葉が聞こえてくるようで、藤はなるべく中身を見ないようにして食べたという。

そしてセノトがもらった大量のプレゼントの行方は、洋輔を除く約一名しか知らなかった。






2011.2.14.
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