放課後、下足室に集まった八人は揃って学校をあとにした。
「まぁ今日は大人数ねぇ。いらっしゃい」
相川兄弟の家に到着すると、双子の母親の真弓が出迎えてくれ、玄関先でごった返している風景に目を丸くする。
「こんなに大勢で押しかけてすみません」
その中でも礼儀正しい島崎が申し訳なさそうにするのを真弓は首を振って否定し、にこりと微笑んだ。
「そんなことないわ。暑かったでしょ、とりあえず中に入って。すぐに冷たいもの用意するわね」
「ありがとうございます」
「お邪魔します」
息子がこれほど大人数の友人を連れてきたことは今までになかったことなので、母親としては嬉しい様子だ。
真弓に招き入れられて居間に入った八人のうち四人はとりあえず庭に飾ってある笹の大きさに驚いていた。
「うわ、でっか。よくもまぁあんなにも飾りを作れたな」
最初に声をあげたのは藤だった。
普通の家であれほど大きな笹を使用する家庭はまずない。
率直な感想に浩輔は肩をすくめ、呆れてみせた。
「父さんが取ってきたんだ。まったくあの人も何考えてるのか」
しかもほとんど飾りを作ったのは父と母なのだ。
何事にも楽しむ父は別にいいのだが、何分やりすぎるのがいけない。
「でも父さんも楽しそうだったわ」
冷えた麦茶を八人分持ってきてくれた真弓は息子の言葉に困ったような笑みを浮かべながら、全員の前にグラスを置いていく。
「じゃあゆっくりしていってね」
空いた盆を持って立ち上がり、それだけを言い残して真弓は台所に戻っていった。
母の姿が奥に消えると、洋輔は立ち上がって昨日作っておいた短冊とペンを持ってくる。
「僕らもまだ書いてないんだよね。はい、みんなで書こう」
順に短冊を回していき、全員に行き渡ったことを確認してから書き始める。
すらすらと書き始めること五分。
「よっし、できた」
初めに書き終わったのは藤であった。それに続いて他も出来上がり、順次庭に出て笹に吊るし始める。
「なぁなぁ、みんなはなんて書いたんだ?」
仲間の願い事が気になるのか、藤は括りつけながら尋ねてみた。
「そういう弘人くんはなんて書いたの?」
逆に洋輔に尋ねられるが、藤は胸を張って主張し出した。
「そりゃお前、今年こそは彼女ができますように、だ」
「……うわ、悲しい願い事」
「………叶えばいいな」
「いや無理でしょ。神様もそんな願い事に構ってられるほど暇じゃないだろうしねー」
「うっわ、お前ら今日は一段とひどくないか」
島崎の一言よりも洋輔の言葉にダメージを与えられた藤は軽く二人を睨みつける。
「じゃあ島崎とか洋輔はなんて書いたんだよ」
「俺は普通だ。自称親友がまともになりますように」
「おいっ自称じゃねぇよっ本当のことだろ。つか、俺はいつでもまともじゃんっ」
心外だと言わんばかりの藤の態度にやはり若干苛立ちを覚えた島崎であるが、本人はまったく気づいていない様子だった。
「僕はね、ずーっと浩輔のプリンが食べれますように」
「……俺の存在価値はプリンだけか、洋輔」
短冊を持って朗読する洋輔の言葉を聞いていた浩輔が間髪入れずに抗議する。
「え、そんなことないよ。じゃあ付け加えとくね。ずっと浩輔と一緒にいられますように」
弟の不満に洋輔はしょうがないなー、といった体で短冊に書き足すが、その内容に浩輔は待ったをかけた。
「ちょ、やめてくれっいろいろと誤解されるだろっ、もうそのままでいいから変なこと書き足すなよ」
「もう、ああいえばこういう」
これ以上誤解を招くようなことはしたくない。
わざとらしく膨れてみせる兄だが、弟は短く嘆息して受け流すだけだった。
「クロカちゃんとユアはなんて書いたの?」
双子のやり取りを見ていたフィアナはおもむろにクロカを振り返ると、可愛らしい仕草で尋ねる。
それに気づいて二人は彼女に視線を移す。そして。
「「みんなが幸せになれますように」」
見事に二人の願いが重なり合い、少しの沈黙の後二人の間に火花が飛び散った。
「………なんで一緒なんだよ」
「それはこっちの台詞よ。真似するんじゃないわよ」
「はぁ?真似したのはそっちだろ」
「じゃあ書き直すわ。ユアが破滅しますように」
「……っ、なら俺もせっかくだから書き直してやるよ。クロカが消滅しますように」
「なんですってっ」
「なんか文句あんのかっ」
そしてさらに掴み合いをしそうな雰囲気にさすがの島崎も悠長にしていられない。人様の家でケンカなんてされては困る。
「七夕に何願ってんだ、馬鹿」
そんなことを願われても織姫も彦星も困るだろう。
頭を抱えたくなるのを我慢し、とにかく二人の間に割って入って距離を置かせる。
「ねぇ、浩輔は何お願いしたの?………社交的になりたい、とか?」
「……………」
なんとなく浮かんだので言ってみた感のある洋輔の言葉に彼の肩はぎくりと震えた。
それを洋輔は見逃さない。
「図星だー」
「なんだよ、悪いかよ。別にいいだろ………笑うなっ」
本当は少し違うが、言うとまたそれでちょっかいをかけられるので何も言わない。
「浩輔、わたしはね、ずっとみんなと一緒にいたい、て書いたの」
「そっか。それこそ叶うべきだよな、洋輔のと違って」
「そんなことないって、僕のも重要だもん」
「はいはい。で、セノトは何書いたんだ?」
浩輔の一言で今まで各々しゃべっていた全員の視線がセノトに向いた。
ここに来て一言も発言していなかったセノトに皆は少なからず興味を持っていた。
いつも無口なセノトはいったい何を願うのだろうか、と。
セノトは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「…………月になりたい」
「……は?」
「え……え?月?」
全員自分の耳を疑った。
今のは聞き間違いだろうか。そう思い、洋輔が聞き返すも返ってくる答えは同じだった。
「ま、まぁ叶うといいな」
これ以上突っ込むことはできないと判断した藤は適当にまとめると、皆もそれに同意した。
そして皆が帰る頃には、空にはそれはそれは綺麗な天の川が流れていて、今年の七夕は幕を閉じた。
END
2010.7.7.
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