≫ No.1




「七夕祭り」



明日は七月七日。七夕の日である。
白界に七夕と言う行事はないが、人界の街を歩いていると嫌でも目にする。
学校からの帰り道、商店街を歩いていた相川兄弟とフィアナ、セノトのうち、フィアナはあるものを指差して浩輔を見上げた。
「ねぇ、浩輔。あれなーに?」
「…………?」
彼女が差す指の先を浩輔は首を傾げて見る。
そこには幼稚園の園児が作ったのだろう、色様々な折り紙で飾りつけをされた笹が立てかけてあった。それを見て、そういえば毎年幼稚園では七夕の笹を作って街に飾ってたな、とふいに昔のことを思い出す。
「七夕だよ。ああやって短冊に願い事を書いて笹に吊るしておくとその願いが叶うんだ」
本当に叶うなどとこの年になって信じてはいないが、フィアナの表情を見るとそんなことは言えない。
「たんざくにお願いごと………」
そうやって浩輔の説明を反復し、ふいに考える素振りをした。
「浩輔、わたしもたんざくにお願いごと書きたい」
もう一度彼を見上げたとき、彼女の瞳はきらきらと輝いていていつもより幼く見える。
フィアナの意見には洋輔も賛成だった。
「久しぶりに作ってみたいよね。どうせなら弘人くんたちにも書いてもらおうよ」
あの人のことだからどうせ暇だろうし、と本人の意見も尊重せずにさっさと決めてしまう洋輔である。
それに浩輔も短冊に願いを書くことには満更嫌な気はしていない。しかしやるとなるとそれなりの準備はあるのだ。
「まぁやるのはいいとして、ただ単に短冊飾るだけでいいのか?てかその前に笹ないしな」
問題は笹がないことだ。七夕なのだから笹がなければ話にならない。
あいにくこの住宅街に笹が育っている場所などない。隣接している山にもあるかどうか怪しいものだ。
「それなら心配するな、この街の外れに竹林があった」
うーん、と唸る浩輔をじっと見ていたセノトがそう提案をした。
地元に住んでいる浩輔たちではなく、どうしてセノトが知っているのだろうか甚だ疑問は残るが、彼のことだからおそらく自分の目的のためにいろんなところに出向いているに違いないと、勝手に解釈をしておくことにする。
「そっか、なら適当に小さいのを取りにいこうか。七夕は明日だし、今から準備しても間に合うだろ」
それでいいかをフィアナに尋ねると、彼女の瞳がますます輝きを増し、大きく頷いた。
七夕ごときでここまで喜ばれるとは思わなかった。本当に彼女たちは自分とは違うのだと、こういうところで度々再認識させられる。
「とりあえずいったん家に帰ろう」
「うん」
「おなかすいたしね。浩輔プリン食べたーい」
「そこで買って帰れば?」
「えー僕は浩輔のプリンが食べたいのー」
「……今度な」
抗議の声を上げてくる洋輔を軽くかわしながらそんなやり取りをしていると、およそ十五分ほどで家に到着した。
いつものようにセノトは人の目の届かないところより屋根へと造作もなく上がると、それを見送ってから玄関先に入った三人は唖然とした。正確には約一名それに感動している。
「よう、おかえり」
「あら、おかえりなさい」
自分たちを出迎えてくれたのは思いがけない人物であった。
その上、ぽかんと口を開けている息子に笑いかけている両親がなにやら巨大な笹を持っている。しかもあらかた飾りつけは終わっているのだ。
「わー大きな笹だぁ」
これは先ほど街で見かけたものと同じだ。
それが今自分の目の前にあることが嬉しいフィアナは浩輔の服の裾を引っ張って教える。
「うんそうだね、見ればわかる。なんでそんな馬鹿でかい笹があるんだよ。つか、なんで家にいるの?」
見上げた彼女の視線の先には笑みの引き攣った浩輔の顔がある。
自分の勘違いでなければ今日は平日のはずだ。平日出勤が常である父親がどうして家にいて、それでいそいそと七夕の準備をしているのだろうか。
「いやいや、親子で七夕を楽しもうと有給休暇を取ったんだよ」
そうやって得意げに話す薫に真弓は困ったような笑みを浮かべている。
彼女もまさか夫が七夕をするとは思ってもいなかったようだ。
「……七夕ごときで有給休暇なんて取るなよな」
「まぁまぁいいじゃん、笹取りに行かないで済んでよかったね。たまには父さんも気が利くよねー」
「息子のことは何でも知ってるからな。今日当たり七夕やりたいって言うと思ったんだ」
「俺じゃなくてフィアナが、な」
「細かいこと気にするなよ。実はお前もやりたいんだろ、隠すなよ」
「………」
父親の言葉にもはやため息しか出てこない。
そんな中でフィアナは再度浩輔の服の裾を引っ張り、待ちきれない様子である。
「早くたんざく作ろう」
結局あとは願い事を書くための短冊だけがまだ飾られていない状態なのだ。
しかし真弓がせっかく笹があるのだからもう少し飾りを作ってもいい、と言ったので、フィアナがやる気を出した。
「わたしも飾り作るー」
「じゃあ折り紙は中にあるから、作っておいで」
「ほんと用意いいよね」
彼女の提案に頷いたフィアナを見て、浩輔は肩をすくめた。
父親は何事にも中途半端なことはしないことなどとうに知っていたことだが、発想が子どもみたいなのが考え物だ。
とりあえず三人は促されて家の中へと入り、各自鞄を部屋に置いてから浩輔の部屋に集まった。
「なぁ、なんでいつも俺の部屋なんだ。プライバシー皆無だな」
ぞろぞろと来た三人に浩輔は目を半眼にする。特に洋輔なんてしょっちゅう彼の部屋を出入りしているのだ。
「まぁまぁ、気にしない気にしない。バレて困るものもないでしょー」
「……………おい」
それは何を根拠に言っているんだ。もしもあったらどうするつもりなのだろうか。
まぁ、彼の言うとおり、自分の部屋には洋輔が置いていったぬいぐるみ以外別にやましいものはない。
ほうと息を吐き出す浩輔だが、兄はそんなことなど意に介さず部屋の主より先に入り、他の二人も手招きする。
「ほらほら浩輔早く作るよ」
洋輔はいそいそと部屋の中央に置かれた机に向かうと、折り紙を開けた。
いつでも自分のペースを崩さない彼に浩輔はもう一度息を吐き出し、フィアナの隣に腰を落とした。
そして何気なしに青と水色の紙を取ると、それを縦に二センチ間隔に切る。
いったい浩輔は何を作っているのか、わからないフィアナはじっと彼の手元を凝視している。
二センチ幅に切った紙を輪にして糊付けをし、それを何度も繰り返して繋ぎ合わせていく。
「わぁ、輪っかがいっぱいだぁ。これ街にあったねっ」
「名前は知らないけど、これくらいならフィアナにもできるでしょ?」
「うん、できる」
綺麗に出来上がった輪を浩輔から受け取り、しげしげと見つめてから今度は自分も作るために色紙を選ぶ。
彼女が選んだのはオレンジとピンクの色紙だ。六、七個の輪が連なったそれを参考に慎重に紙を切っていく。
ふと先ほどから一言も言葉を発さないあの洋輔が、なにやら複雑な作業をしていることに気づいた浩輔は訝しげに彼の手元を覗き込んだ。
七夕の飾りにそんなにも複雑なものがあっただろうか。
「でーきたー。見てみて、我ながら上手く出来たと思うんだけど」
そうやって見せてくれたそれは十五センチほどの体長で、青い髪をしていた。
「わ、浩輔だぁっ、かわいい」
「おい、お前は何作ってんだよ」
くるりんとした目に頬には丁寧に頬紅になる紙まで張ってくれている。
浩輔は勝手に自分を作られたことに恥ずかしさと何かが入り混じった不思議な気持ちになった。
「………………」
そうしていると今度はセノトも何かをすっと差し出してきて、それを見た彼はさらに頭を抱えたくなった。
「なにこれ、いじめ?あとで釘でも刺す気?てかなんで俺作られてんの」
いったいこの二人は何をしたいのかがわからなくなった浩輔である。
「え、みんな作ってるの。じゃあわたしも………」
「作らなくていいからっ、フィアナは他の作ろ、教えてあげるから」
これ以上自分が増殖するのはなんか嫌だ。流行に乗ろうとしていたフィアナを止めて、今度は三角に切った折り紙を縦一列に張り合わせていく。
それにしても意外にもセノトは手先が器用なようだ。人は見かけによらないな、と浩輔は思いながらもう一度彼の手元を見て、不意にため息が漏れた。
今度はフィアナを作っていた。その前にはすでに洋輔が出来上がっていて、もしかしなくても全員分作るつもりなのだろうか。
口出しをする元気もなくなった浩輔は彼のやりたいようにさせていた。

そして夜には飾りつけも済み、元より鮮やかに飾りつけられていた笹はさらに彩りを増し、相川家の庭に立てかけられていた。



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