第九話「ひと時の休息」
八人が街に戻ってきたのは、すでに西の空が夕焼けに赤く染まり、夜の気配が近づいてきた頃だった。
今までフィアナと話していたユアはふいに何かを思い出し、それを中断して前を歩いている浩輔の隣に移動する。気配に気づいた浩輔は彼の勘に障るようなことをしたのか、と一瞬考えるが、自分はそんな命知らずなことをした覚えはない。
「な、なに?」
我知れず身構える浩輔には気にした様子もなく、ユアは厳かに口を開いた。
「協力するのはいいけど、フィアはどうするつもりだ?」
「………?」
しかしその質問の意味を掴みあぐねた浩輔は答えることもできずに首を傾げていると、ユアは息を吐き出して説明を付け加える。
「だから俺たちは別に睡眠とか飯は摂らなくても支障ねぇし、雨風を凌げれば生活はできる。でもフィアを屋根で寝泊りさせる気か?」
そこでようやく浩輔も理解した。たしかに言われて見れば彼の言うとおりだ。
この夏真っ盛りの時期に凍死はまずありえないが、ユアの場合、女の子であるむしろ「俺のフィア」が野宿と同格に生活をさせるのは考え物だということだろう。
迷惑ではあるがフィアナも島崎の家で預かってもらえば問題ないのだが、彼女のことだからおそらくは浩輔の傍にいたいと断固として首を縦には振らないことは予測できる。
フィアナが嫌がることはしたくない。だったら答えは一つだ。
浩輔の家に居候する。これしかない。
「まぁ、女の子が外で野宿は危険だしな」
それは浩輔も考えていたことだ。
人界の夜は暗い分何があるかわからない。その上、フィアナとなればさらに問題は増える。いつものように人外な行動をされても困る。
彼としてもどうにかしたいものだが、そうなると両親にはどう説明すればいいのだろうか。
いっそのこと洗いざらい全てを話してしまおうか。そうなれば一週間も家を空けていた理由にも繋がる。例えば……。
彼女はフィアナって言って、白界って言うところから人を探してここに来たんだ。それで行くところがなくて、だから少しの間預かってやってもいいかな?
「………」
駄目だ。確実に精神科に連れて行かれる。
さてどうしたものか。適当な言い訳も思いつかないし、そもそも帰ればまず最初に怒られることは間違いないからその上そんな話を持ちかけるのは、すさまじくタイミングが悪い気がする。
口許に指を当て、ああでもないこうでもないと思案している浩輔に二人の話を聞いていた洋輔がひょっこりと顔を出した。
「じゃあ、ユアとクロカちゃんはどうしたの?」
二人がそれぞれ島崎と藤のところに居候していることは知っている。何か参考にならないかを尋ね、浩輔に助け舟を出す。
「あいつは知らねぇけど、俺の場合は貴久の親が今いないから大丈夫って言ってた」
ユアとしては外にいることを希望していたのだが、うまく島崎に言い包められてお世話になっている。
自分としてもそのほうが助かることも事実なのだが。
洋輔はふうんと納得すると、そこに話を聞きつけたクロカも口を挟む。
「私は炎の精霊に姉になってもらったのよ。あ、ミシュラって言うんだけど、私はミシュラと二人で暮らしてるの。それで彼女が長期の仕事で家を空けるし、一人じゃ心配だから預かってくれってね。まぁ、正直あんな簡単に許可が下りるとはおもわなかったけどね」
その提案をしたのも実はミシュラだったが、藤の母親はすぐに了承してくれ、その上何も詮索してこなかった。
ありがたい話だ。
精霊は主の中から外界を見ることができるから、当然二人の会話は筒抜けということだ。彼女の性格上面白いことなら何でも協力してくれるが、興味がなければまったく手を貸してくれない。
まったく困ったわがままな精霊だ。
しかし今回は彼女も興味があったようで、こうして無事に彼の家に預かってもらえるようになったのだ。
「そっか。クロカちゃんのなら参考になるかも。………あ、そうだ」
二人の意見を聞いて何かを思いついた洋輔はにっこりと笑みを浮かべて、浩輔の肩をぽんと叩いた。
「浩輔、僕にいい考えがあるからまかせて」
そういう彼の笑顔に一瞬黒いものが垣間見え、浩輔の背筋に何か冷たいものが滑り落ちた。
「は、ちょっと!お前、絶対ふざけた提案だろっ」
「だって他にいい案ないんでしょ?ならいいじゃん。結果さえよければ」
洋輔は有無を言わさないように笑顔で片割れを制する。
これは相当覚悟をしておかなければならなくなりそうだ。
深い深いため息を吐き出した浩輔にさらに追い討ちをかけるように、ユアは低い声で釘を刺す。
「浩輔、もし失敗してやっぱり外でなんて言いやがったら、切り刻むから」
口許にうっすらと笑みが宿っているが、目が本気だ。全然まったく笑ってない。
ユアは言うことだけ言ってしまうと再びフィアナの隣に行き、その後ろ姿を見た浩輔は本格的に嘆息した。
どうして案を出したのは洋輔のはずなのに、自分が責任を取らなくてはならないのだろうか。
帰ってきてからろくなことになってない気がするのは気のせいだろうか。
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