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05 : 第五話




白いさびれた吹き抜けの建物に暖かな風が吹いた。
桜の花が空を踊り、やがて床に描かれた円状の魔法陣に二人の人影を吐き出した。
潮風を浴びた蒼い髪が微かに揺れる。
浩輔は一瞬にして変わった風景に、辺りをきょろきょろと見回す。
架空の話に出てきそうなファンタジーな世界だ。いや、フィアナたちの存在自体、すでにファンタジーを越えている。
周りは緑の木に囲まれ、その向こうには真っ青な海が見える。とても静かで風の吹く音や空を飛ぶ鳥の鳴き声がよく聞こえる。
本当に自分たちの世界とは別の世界があったんだ。
「なにをしてるんだ?早く行くぞ」
「え、あ、うん。ごめん」
あまりにも珍しくてその場から動こうとしなかった浩輔を振り返り、桜の精霊はほうと息を吐き出す。
すでに神殿の外に出ていたレイカに続いて外に出た浩輔は見覚えのある少年が腕を組みながら、木に背を預けているのを認める。
クリーム色の髪に白いバンダナ。空色の瞳。
「蓮呪」
「覚えててくれたんだ」
浩輔がとっさに呟いた言葉に蓮呪はうれしそうににっこりと笑った。
「ここに浩輔が来ることを知ってたのか」
計られていたことに釈然としないレイカはむすっとした様子で、待っていたファイネルに問いかける。
任せると言っていたことといい、ここで自分たちが来るのを待っていたといい、全てわかっていたといった様子だ。
じとっと睨みつけてくるレイカに蓮呪は苦笑いを浮かべ、首を横に振る。
「別に知ってたわけじゃないよ。浩輔が来てくれなかったら、君に言った言葉は意味ないし、フィアナはたぶん死ぬだろ。でも結果的に来てくれたんだからよかったじゃん」
確率は来ないほうが高かった。しかしその中で彼は来てくれたんだ。
なら、ひとまず最大の問題は解決できる。
「来てくれてありがと、浩輔。これでフィアナは死なずにすむ」
彼女も仲間だ。失うことは何より辛い。
そのことに礼を言うと、浩輔は戸惑ったように慌てて首を振る。
「フィアナがああなったのは俺のせいだし。むしろ謝るのは俺で……」
「そんな暗い顔するなよ。もう浩輔を責める奴はいないと思うよ?」
彼の表情が目に見えて翳っていくのを見て、蓮呪は安心させるように笑いかけると、その肩をぽんぽんと叩く。
「まぁ、とにかくフィアナのところに行こう。話はそれからだ」
いつまでもここで立ち話をしているわけにもいかないので、適当なところで話を打ち切ると、二人を誘う。
蓮呪は身を翻して神殿から続く白い石畳の道を進んでいき、その後を二人がついていく。
石畳の両端には背の低い木が規則正しく植えられていて、その手前には十センチほどの細い溝があり、綺麗な水が流れていた。
石畳の終わりにはアーチのようなものがあり、それが神殿への入り口の役目をしているようだ。
そのアーチをくぐり、街に向けて歩いている蓮呪の後ろ姿に、ふいにレイカは話しかける。
「フィア姫はどこにいるんだ?」
「とりあえず長のところにいる。今は雨涅が見てくれてるはずだよ」
彼の問いに蓮呪は簡潔に答え、悲しそうな笑みを桜の精霊に向ける。
「家に帰しても、意味ないだろ?」
無理に笑う蓮呪の表情が過去を思い出させているのを知り、レイカはそうだなとだけ返してそれ以上は何も言わなかった。
それと同時にフィアナの過去もレイカに思い起こさせ、失言だったことに息を吐き出す。


やがて民家がぽつぽつと見えてきて、街の大通りに入った。
白界は大半が自然と同調していて、街の一つ一つはそれほど大きくはないし、賑わいも小さい。穏やかなものだ。
しかし逆に静かだから療養もしやすいだろう。
たくさんの人が通りを行き来しているが、彼らは人間ではなくファイネルなのだ。それが浩輔には不思議で仕方なかった。
「……ファイネルも俺たちと全然変わらない」
ふいにぽつりと呟いて、浩輔はフィアナの姿を思い出す。
人間の少女の容姿。服は珍しかったが、それを除けば区別などつけられない。普通の女の子だった。
「まぁ、人間とファイネルは基本的には身体の造りは同じだし、同じような生活はしてるよ。違うとこっていったら、ファイネルとナフィネルは人間の流れで言うと十年に一歳年をとる感じだ」
蓮呪にとっては当たり前の概念で、ごく自然に言ったつもりなのだが、それを聞いた浩輔は思わず聞き返してしまう。
「え、十年に一歳……?」
あまりの事実に自分の耳を疑う。
「あはは、おもしろい顔。てか驚きすぎだろ」
浩輔の反応がおもしろかったのか、声を出して笑う蓮呪に彼は怒った仕草で軽く睨みつける。
「笑うなよ……。……。……ていうことは、蓮呪も?」
「………。んー、まぁな」
自分とあまり変わらない姿なのに、自分より十倍近く長く生きているなんて信じられない。
気が遠くなりそうな気さえしてくる。
フィアナも他の三人も百歳はゆうに越えているのか。
「……やっぱり、住む世界が違うんだな」
人間では百歳を越えていれば、よぼよぼのおじいちゃんだ。なのに、姿は自分と変わらない。
「それをどう捉えるかは浩輔の勝手だ。お前は人間だからな」
深い息を吐き出す浩輔に蓮呪は苦笑いを浮かべ、最後にそう締めくくるとある建物の前で立ち止まった。
他の建物より背が高く、珍しい六角形の形をしている。
「ここが白界の中枢建物になるんだ。もともとは長が管理してるところなんだけど、孤児も預かってくれる」
長寿になると、その中で親を失った子どももたまにいる。そんな子どもたちを預かってくれているのが、この建物だ。蓮呪もフィアナもここで育った。
浩輔は建物を見上げ、険しい表情をする。
ここにフィアナがいるんだ。そして自分は謝るためにここに来た。
蓮呪は一歩前に出て扉を開けると、後ろの二人に中に入るように誘導する。
入ると中心部に太い柱が立っていて、それだけでこの建物を支えているようだ。中は相当広く、一階のフロアは案内所の役割をしている。
三人は入り口から右手にある階段を上り、二階に行く。
二階からは六つずつ部屋が設けられていて、蓮呪は階段から左に二つ目の部屋の前で立ち止まった。
二人がついてきていることを確認すると、扉を軽く叩く。
「はい」
やや置いて中から澄んだ女の声が聞こえ、扉がゆっくりと開かれた。
入り口に立っていた蓮呪は出てきた女の顔を見て、表情を強張らせるが彼女はそれには気にしたふうもなく、視線を浩輔に向ける。
顔を覆うほどのしっとりとした長いぬばたまの髪は光沢があり、一部を髪飾りで結い上げている。
翠玉の瞳は透き通り、秀麗な輪郭は大人の雰囲気を漂わせる。
白い着物をまとい、腰帯には花をモチーフにした飾りがつけられていた。
「どうぞ」
女は表情を変えずに三人を部屋の中に招きいれ、そこでようやく浩輔はフィアナの姿を見つける。
心地よさそうに眠っているようにしか見えないが、実際は生死の境を彷徨っている。
じっとフィアナの顔を見ている少年に視線を送っていた女は蓮呪とレイカに向き直る。
「闇の守護神というのが、その子どもですか」
表情が乏しいからか、その視線が妙な威圧感を与えてくるが、それを別段気にした様子もなく、レイカはそうだとうなずく。
蓮呪の表情はあいかわらず強張ったままだった。
「ナフィネルの血のことは知っていますか?」
再び浩輔に視線を投じて女は極力優しい表情を浮かべる。
それに対して彼はこくりとうなずいた。
「クロカが教えてくれた。血を浄化できるのは守護神の神気だけだって」
同時に彼女が話してくれた様々なことも思い出し、ふいに胸の辺りがちくりと痛む。
その答えに女は無言でうなずき、蓮呪を振り返る。
「後は任せます。わたくしは外にいますので、何かあれば呼んで下さい。わたくしがいるとやりにくいのでしょう?蓮呪」
彼が自分を苦手としていることくらいわかっている。しかし心優しい彼はそれを口にすることはないので、それを慮っての行動だ。
女はくすりと笑うと、部屋を出て行ってしまった。
「気づいてたのかよ……」
彼女が出て行ったほうを見ていた蓮呪はその場にしゃがみ込み、肺が空になるまで息を吐き出した。
別に嫌っているわけではないが、どうもあの目を見ていると全てを見透かされているようで落ち着かない。
そんな彼を見下ろし、レイカは呆れた様子でため息混じりに呟く。
「あいつに嘘が効かないことくらい、育ての親なんだから知ってるだろう」
「まぁ、そうなんだけどな」
彼の言うことも最もだ。なぜか彼女にわからないことはない。それも千里眼でも持っているのではないかと思うくらい正確に。
正直言って恐ろしいのだが、そんなこと口が裂けても言えない。
「なぁ、さっきの人誰?」
今までそういう雰囲気ではなかったので、聞きづらかったのだが浩輔はまだ彼女のことを紹介されていない。
それを今聞くのもどうかと思うが、蓮呪は頬を掻きながら一言精霊だよと答える。
「地の精霊、雨涅(あまね)だ。あいつはここの長と契約してる」
続きをレイカが話し、浩輔はそうなんだと納得して扉を見る。
確かに気配が神々しかったような気がしないでもない。
「じゃあ、早いとこフィアナの中の血を浄化してやろう」
「うん、そうだな」
気持ちを持ち直した蓮呪は自分がやるのではないのに気合いを入れると、浩輔を促す。
それに彼の表情は真剣さを増し、ベッドで横たわっている少女に近づいていく。
いっぺんにたくさんのことを聞いて、正直頭の中はまだ整理しきれていないが、やるべきことははっきりとしている。
これからきっといろいろなことがあるだろう。でも覚悟したのだから、最後までこの少女の傍にいたい。

それが、罪滅ぼしになるのだったら。



第五話終わり



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