≫ No.6

04 : 第四話




おそらくセノトがフィアナを見送ってからけっこうな時間が過ぎたはずだ。
早くしなければ手遅れになる。
幸いにもこの場所は人気がなく、おそらく異様に急いでいる彼を訝る人間はいないだろう。
今でも彼の心にはあの時の傷跡が深く残っている。時々フィアナの笑顔を見たときにそれが軽く疼く。
おそらく一生消えない傷なのだろう。そしてあの子にも。
もうフィアナにあんな思いはさせたくない。


待っていろ、フィアナっ―――



☆☆☆
力が入らない。
立っているのが精一杯で、視界が霞んでいてよく見えない。
彼女の肢体は朱色に染まり、服は所々裂けている。
「……っつ」
体中が痺れてうまく動いてくれない。
ファイネルにとってナフィネルの血は毒になる。おそらくナフィネルである綾夜の血が傷口から侵入したのかもしれない。
フィアナは痛む身体を叱咤しながら、よろよろと立ち上がるともう一度攻撃に備えて構える。
しかしすでに息が上がって呼吸が追いつかない。もう無理だ。
綾夜はなんとしてでも人間の少年を守ろうとしているフィアナを無関心に見て、ふっと笑みを浮かべる。
彼が攻撃を仕掛けてから彼女は自分の身と後ろの守護神を守ることしかできないでいる。
それが綾夜にとっては恐ろしくつまらない。
そろそろ飽きてきた綾夜はもう一度自分の腕に短剣を突き立てると、思い切り引き抜く。
散った鮮血が手を染め、地面をもまばらに染めていく。
「せめて痛みを感じないように殺してやるよ」
一際優しい笑みを浮かべると、綾夜は神呪を唱えた。
「”血より生まれし新たな死の刃、この身をもって切り裂く力を与えろ 立花血椎(りっかけっつい)っ”」
彼の腕に付着した血が鋭く尖っていくと、彼はすばやく地を蹴る。
狙うはフィアナの心臓。
向かってくる彼の鋭い視線にフィアナは神経を集中させて見据える。
綾夜の本気の神呪は自分の力では到底敵わない。全ての力をこの神呪に込めなければ。
「”桜よ、舞いて。胡蝶(こちょう)のように翔び、我を守りし無限の盾となり、全てを無と化せ 桜盾烈硝(おうじゅんれっしょう)!!”」
これが最後の神呪だ。
桜の花が一枚ひらりと舞い落ちた瞬間、神気が弾け、大きな桜の花が現れると二人を守る盾となる。
しかし綾夜の勢いは衰えず、巨大な花弁に突っ込んでくる。
そして次の瞬間。
「……!……っう…ぐ……」
ぱりんと何かが弾ける音と同時に、鈍い衝撃が左肋骨を貫き、全身を駆け抜けた。
吐き出した血が口端を流れ、雫となって地面に吸い込まれていく。
浩輔は瞬きをすることもできずにただ呆然と目の前に広がった光景を見ていた。
「………!」
そこにようやくたどり着いたユアはフィアナの姿を認め、安堵の息を吐き出すが明らかに様子がおかしいことにふいに眉根を寄せる。
ぽたりと地面に落ちた赤いものが、水溜りを造っている。
そしてどちらかの身体が微かに動いたのか、フィアナの姿が露になった時、ユアは息を呑む。
もう一度、フィアナは血の塊を吐き出した。
ユアの心臓がどくんと大きく跳ね上がる。
彼女の背に生えているのは、あれは綾夜の腕ではないか。
あの日の光景と重なり、頭の中が真っ白になる。
「…フィ、ア……っ、フィアナぁっ!!」
彼の絶叫がその場に木霊した。



第四話終わり



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