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03 : 第三話




第三話 「決意」



夜明けが近づいてきた。東の空が薄く明るみを帯び、遠くで鳥の鳴き声が聞こえてくる。
立ち上がったユアは真剣な瞳で昇り始めた朝日をにらみつける。
「藤くんたちは、うなずいてくれるかしら」
腰を下ろしたまま同じように顔をのぞかせる太陽を見ていたクロカは小さく呟く。
その微かな問いにユアは目だけを動かし、彼女の顔を見下ろす。
「さぁな。でも、もし無理だとしても自力でフィアを見つけるからどっちでも変わんねぇよ」
どれほど大事なものでも彼女に比べればたいしたものではない。
自分の力を過信しているわけではないが、少なくともどんな敵でも相討ちにできる自信はある。
その言葉を幾度となく聞いたきたクロカは視線を前方に向けまま静かに聞いている。
守るものを持っている人は誰よりも強い。それに彼は不本意ながらも自分も認める強さを持っている。
純粋だから人を裏切るような真似はしない。ユアよりも強いと言われていたあいつと違って。
「まぁ、それも答えを聞いてからね。じゃあ、そろそろ私も行きましょうか」
どうせここにいてもやることもないし、行動していたほうが自分の性に合っている。
クロカが腰を浮かせたのを見て、ユアは首をかしげる。
「どこ行くんだ?」
「んー、待ってても仕方ないし、手がかりでも探しに行こうかと思って」
そこまで言ってふいに意味ありげな笑みを浮かべた。
「もう、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
彼女のその笑顔と言葉にユアは若干頬を赤くして憤慨する。
「はぁ?別に心配はしてねぇよ。もういいからさっさと行け」
「はいはい。じゃあね」
激しく否定して顔を背ける彼がおかしくて、満面の笑みを浮かべると手をひらひらと振り、身を翻した。
彼女の気配が遠のいていくのを感じながら、ユアはその場にしゃがみ込む。
「あんな顔するから、余計な感情が出たんじゃねぇか」
呟いた言葉は誰の耳にも残らず、朝の風に紛れて消えていった。


☆☆☆
「おかえり、セノト」
微かに感じた神気の気配に気づいたフィアナはにっこりと微笑みながら振り返り、仲間の姿を認める。
戻ってきたセノトは短く返事をすると、昨夜から眠っていない彼女に軽く目を瞠った。
「寝てないのか」
その問いかけに彼女は答えず、少しの間沈黙が流れた。
「………うん、ひとりだと怖くて………」
一人でいる時の夜はあの時の思い出すから、怖くて眠れない。
一人きりのときに限って夢を見る。お前のせいだ、と鋭い視線を向けてくるあの人の夢を。
笑っていた彼女の表情が徐々に翳っていくのを見て、セノトは自分に舌打ちをしたくなった。
「……そうか」
フィアナがこの上なく一人を嫌がるのを知っていたはずなのに、失言だった。
いつも誰かといっしょにいて、その中でも今回も一人で人界に来ることを相当悩んだのだろう。
おそらく彼女は絶対にありえないと考えていた仲間と会って、少なからず安心しているはずだ。
ファイネルは基本的に睡眠を摂らなくても体質的にどうということはないにしても、不安からか今の彼女はいささか眠たそうだ。
「今からでも少しは休むか?」
今なら明るいし、自分がそばにいてやれる。
しかしフィアナは首を横に振って否定し、無理に笑みを作る。
「大丈夫だよ。それにあの子が心配だし」
闇の守護神が魔神と接触するかもしれない。ここで休むわけにはいかない。
フィアナの意思を曲げない言葉にセノトはそうか、と納得すると、これからどうするのかを尋ねる。
昨日彼と接触したが、見事に拒まれてしまった。この先をどうするのか。
「もうあのときのように後悔したくないから、できるかぎりは守ろうと思う。……ねぇ、セノト。もしあの子が協力を拒んでも責めないであげてね」
あの時、彼の思いに気づいてあげられなかった自分が招いたことなのだ。
それにもともとあの少年には関わりのないこと。それをとやかく言うのは筋違いだ。
セノトは彼女の赤い瞳を見下ろしてから、前方に視線を戻す。
「俺はお前の決めたことに口を挟むつもりはないが、ユアは許さないだろうな」
彼のことだからおそらく殴りかかりそうな勢いで怒鳴りつけるだろう。
その光景が容易に想像でき、セノトは呆れたように息を吐き出す。
フィアナもくすりと笑うと、吹き抜けた風になびいた髪を手で押さえる。
「そういえば、セノトはどこに行ってたの?」
「………」
ふいに話を変えられた上になんとも返答しづらい質問にさすがの彼も返答に詰まる。
「……?」
「少し気になることがあったんだ。まぁ、情報収集といったところだ」
実際は若干違うのだが、嘘は言っていない。
セノトは簡単にまとめると、それで満足したのか彼女はそっかと納得する。
「それより綾夜が動き出している。探すのはいいが、気をつけたほうがいい」
先ほどまでとは打って変わった真剣な話に、フィアナもつられて真剣な面持ちになるとわかったとうなずく。
あの時のような過ちを犯さないためにも、今まで以上に警戒しないといけないだろう。
「ねぇ、セノト。セノトはこれからどうするの?光の守護神とちゃんと話してないでしょ?」
昨日は彼女の守護神と接触するのが第一の目的だったので、面と向かったわけではない。
自分の心配するところではないのかもしれないが、今まで自分のことを考えてくれていたので、少しは彼の手助けになってやりたい。
「そうだな。まぁ、あの二人は兄弟のようだからな。お前の守護神と接触していれば必然的にあいつにも会えるだろう」
どのみち知ることになるのだから、早いに越したことはない。この身体に残された時間も少ないのだから。
「じゃあ、セノトも今日あの子の学校に行く?」
「……?」
彼女の言っていることが理解できないセノトは微かに首をかしげて、どういう意味だと尋ねる。
「今日ね、あの子の学校にいこうと思うの」
昨夜眠っていない分、彼女なりにこれからのことを考えていたようだ。
突然の提案にセノトは頭を抱えたくなった。
「行くって、わざわざ行く必要はないだろう」
行ったとしても他の生徒もいるのだから接触はできない。
昨日はたまたま騒ぎにならなかったが、それがこれからも通用するとは到底思えない。
どう考えても得策ではない上に、危ない橋を渡ってまで、あの少年につかなければならないということもない。
「……でも、心配だもん」
彼女は何年も前に守護神を守れなかったのを、今でも覚えている。
自分が大怪我を負って、昏睡状態に陥っていたから、誰も彼を守る人はいなかった。
だから、それを今度の闇の守護神には辿ってほしくない。
反対する彼をフィアナはしゅんと落ち込んだ様子で見上げる。
自分に彼を守れるだけの力はないが、少なくとも自分を犠牲にしてあの子を安全な場所に逃がすことはできるはずだ。
彼女の真剣に考えている表情を読み取ったセノトはほうと息を吐き出すと、わかったと了承する。
「どうせ俺もあいつに会わないといけないんだ。それにお前の考えも一理あるしな」
フィアナの考えもわからなくもない。
綾夜が動き出している以上、今までより危険度は増す。
そうなれば学校に行き、彼らの近くに待機しているのが一番効率がいいのかもしれない。
「ありがと、セノト。じゃあ、さっそく学校にいこう」
うれしそうにはしゃぐフィアナは勢いよく立ち上がると、セノトの腕を引っ張り、学校があったほうへと歩き出した。


どれだけ願っても叶わないときもある。
それでも信じることだけが、唯一頼れるものだから、信じ続けることをやめたくない。
―――それが、結果的に最悪な事態になろうとも。



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