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15 : 第十五話




第十五話 「価値観の違い」



耀香は依頼者が訪れたことにより、立ち去ろうとしていたフィアナたちを呼び止めた。
訝しげにそのまま待っていると、客を連れた姉弟が戻ってきた。
客とフィアナたちが対面したとき、双方で意味を理解していない、不思議そうな表情になるが、その意図を知っているのは耀香しかいない。
彼女はとりあえず隣の部屋からスツールを一つ持ってきて、瑠香が先ほどまで座っていた椅子と共に客に勧めると、執事は女性に座るよう目配せし、自分はその後ろに控えるようにして移動する。
執事の行動に耀香は肩をすくめるが、彼が執事ならば当然の行動と考え、とりあえず居住まいを正す。
「紹介するわ。彼女たちはあたしの仲間なの」
手で示しながら、上品な女性と執事に紹介をする。それに倣ってフィアナたちは順に会釈をしたが、ユアは険しい表情をしている。
そんな彼に気づかない振りをし、次に依頼者のほうを紹介する。
「二日前、依頼に来た人たちよ。隣街に住んでる名家のお嬢様なの」
「シャルイットと申します。名家、と言っても両親は五年前に亡くなり、今は家の名を捨てて孤児院として親のない子どもたちを保護しています。彼はミツキ、わたくしが幼い頃から世話をしてくださってる方です」
シャルイットの紹介にミツキは微笑を浮かべて、綺麗なお辞儀をしてみせる。
「今ではただの街人ですので、緊張なさらずにどうぞ普通に接してください」
貴族と聞いて無意識のうちにぎくしゃくしていたのか、シャルイットは最後に付け加えると優しく微笑む。
白界では身分の差と言うものはないが、黒界では技術の発達と共に貧富の差ができ、身分と言う隔てができた。
今ではそういったしがらみは薄れ、貴族も徒人も関係なく家族を持つようにもなったし、交流するようにもなった。
そんな黒界の事情を知っていたとしても、実際には高貴なひとと接したことないフィアナやユアは少なからず、会話に戸惑いを感じている。
「それで俺たちを引き止めた理由は、この貴族の依頼を代わりに受けろ、ってことか?」
少しばかり彼女たちと距離を感じつつ、ユアは話を進めるべく耀香に視線を移して問いかける。
こうやって依頼者と、関係のない自分たちを対面させたということは、やはりそういうことなのだろう。
「まぁ、だいたいそんな感じかな。シャルイットの依頼は重病と言われている病を治す薬の材料を見つけること」
そこで一旦区切ると、一際彼女の瞳に真剣さを帯びる。
「………?」
怪訝そうに眉根を寄せ、ユアは次の言葉を待つ。
「病、というのかな。徐々に凝血していく現象、ユアも聞いたことあるでしょ?」
「………ファイネルとナフィネルとの間に生まれた子どもが、両親の血を半分ずつ受け継ぐから、そのせいで起こる病気のことか」
正確には病気ではないのかもしれないが、他の表現の仕方が思いつかずそれを引用する。
ユアは口許に当てて考える素振りをする。
当然浩輔や島崎は何のことかさっぱりわからず、二人の会話を聞いていることしかできない。
「ファイネルとナフィネルの血は互いにとって毒になるって、聞いただろ?」
フィアナが綾夜に手傷を負わされたとき、彼女の体内にナフィネルの血が入った。そのときにクロカから説明を受けた浩輔はそうか、と納得する。
そのときは守護神の力で浄化することができたが、それはあくまでもフィアナが純血だからだ。
混血だといくら浄化を行ったとしても、体内で作られる血はどこまでも混血である。
「治す方法はないと言われてるほどの難解な問題だ。何かあるのか?」
あまり例を見ない現象であるがゆえに研究するにも限度がある。今の段階で解決方法は見つかっていない。
「父が生前その研究をしていました」
そこに口を挟んだのはシャルイットだ。
フィアナたち四人の視線が彼女に向けられる。
「どれも実験段階のものではありますが、屋敷にそれに携わる資料が多く残っています。その中で、成功性の高い薬の調合方法を見つけたのです」
それでも確率は何億分の一ですが、と彼女は哀しい笑みを浮かべた。
たとえとても少ない確率だとしても、それにすがるしかない。
「誰か助けたいひとでもいるの?」
シャルイットの必死が伝わったのか、フィアナは、今はコンタクトで青色をしている瞳を彼女に向ける。
それにこくりと頷き、視線を手元に落とす。
「一週間ほど前に、孤児院に来た子がいるんです。まだ生まれてそれほど経っていない小さな赤ん坊なんです。ご両親は急死なさったそうで、生き残ったその子を見つけた街人が孤児院に連れてきてくださったのです」
その話と、今までの流れからいくと、その赤ん坊の両親と言うのがファイネルとナフィネルとの間に生まれた子どもであることは検討がつく。
「このままではいずれあの子は短い一生で生命を終えてしまいます。だから完治とまではいけなくとも、せめて少しでも凝血を遅らせることができればと………。たとえ望みの薄い確率でも、その可能性を信じたいんです」
何もしなくてただ見ているだけよりも、少しでも行動することによって願いが届かなくても、最小限に傷つくことを抑えられる。ただの自己防衛だということは彼女とてわかっているはずだ。
その子どものことを思って悄然と俯くシャルイットの肩をぽんと叩き、耀香は何ともいえない表情で口を開く。
「考えないといけない問題だからね。まぁ、あたしたちがとやかく言ってなんとかなる問題でもないけど」
ファイネルとナフィネルの交流を断ち切らない限り、そういった子どもは産まれてくる。
やはり根本的に解決しようとするならば、それに対応する薬や治療法を見つけるしかない。やってみる価値は十分にあるはずだ。
「自己満足な依頼で、ご迷惑なのは承知しております。どうか、お願いします」
ユアたち四人を順に見渡し、シャルイットは深々と頭を下げる。
「あ、頭を上げてよ。大丈夫だよ、わたしたちにできることならなんでもするから!」
真摯な態度にフィアナは驚き、次いでにこりと微笑む。
「フィアの言うとおりだ。耀香はその気だしな。で、その材料はわかってるのか?」
ユアも同意を示し、耀香へと尋ねる。
手伝わせると言うのならば、それなりの情報は貰わなければ素人の自分たちでは不可能な話だ。
「もちろんそこは抜かりないわ。まず一つ目の材料は、聖なる泉の水。二つ目、光と闇を好む花。三つ目が星空の欠片」
安心していいわよ、と前置きし、順序立てて話す耀香の言葉を聞いていくうちに、浩輔と島崎の表情が意味がわからないといって体で首をかしげ、ユアは胡乱げな瞳を耀香に向ける。
「ふざけてんのか。なんだよ、光と闇を好む花って。どっちが好きなんだよ。てか、完璧ゲームだな」
「……それは俺も思った」
ユアの呆れた様子に島崎と浩輔が同意を示す。
いったいその言葉から何を採取してくればいいものやら。
すると、耀香はほうと息を吐き出すと、片目を眇める。
「まだ話の途中でしょう?最後まで聞きなさい。誰もそこから見つけ出せなんていってないわよ」
「………うっ」
確かにその通りだ。
ユアは言葉に詰まって反論することも出来ず、彼女の話の続きに耳を傾ける。
「聖なる泉の水、これは白界にある泉のことね。霊泉だったかしら?そこの水は精霊の神気が宿っているし、妥当な線だと思うわ。そして次に光と闇を好む花だけど、この街から北上していくと聖緑山(せいりょくざん)という山があるの。その奥に洞窟があって、さらに進むと空洞になってるわ。昼でも光を通さないから、夜になるとなおのこと闇だけの空間になるのよ。でもね、年に二度、満月の夜に吹き抜けの天井から月光が差すの」
光と闇を好む花は、実際には「月光草」と呼ばれている。
闇でないと生息することはできないが、また一定量の光もなければ開花しないのだ。
「やっぱり耀香はすごいね」
少ない情報量から確実に拾い集めてくる。
「これくらいはすぐにわかるわ。それで、月光が差す日なんだけど、それが明日なの」
自分の謙遜して首を横に振ると、一際真面目になって話を続ける。
彼女の言う月光草は年に二度開花する。その時というのが明日の真夜中のようだ。
にこりと笑む耀香にユアはあからさまなため息を吐き出す。
「で、それを俺たちに取ってこいというわけか」
「お願いね。あ、ついでに今日は泉のほうに行ってくれるかしら」
ちゃっかりもう一つの材料である泉の水も頼んでいる耀香である。
それにユアは目を細めるが、もはや突っ込む気も失せる。
「とことん使う気だな、お前」
ぽつりと呟かれた言葉に彼女は使えるものは使わないと、と不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、その代わり、あたしたちは一番入手困難な星空の欠片を取りに行くから。それとあとでお礼もするわ」
「別にそんなつもりで言ったんじゃねぇよ。でも、普通情報屋ってそこまでするのか?」
ふいに思いついたユアは首を傾げて情報屋の姉弟を見やる。
情報屋はあくまでも持っている情報を、依頼報酬に応じて提供するものだ。情報を売った上にそれを探すことはあまり例を見ない。
例外の一つはフィアナの依頼なのだが、それは異例中の異例である。
「うーん、普段ならそこまでしないわ。でも、気になるじゃない」
主語が抜けた言葉であるが、ユアには十分に伝わった。彼女がやると言ったのなら、部外者である自分がとやかく言うことはない。
そうか、と返して、ちらりとシャルイットを見る。
「申し訳ありません、ご迷惑をおかけして………」
ユアの視線に気づいたのか、罪悪感に瞳を伏せて謝罪する。
その行動に少しばかり驚きながらも、いや、と首を横に振る。
「何言ってんだ、あんたが謝ることじゃねぇよ。それがこいつの仕事で俺たちはそれに巻き込まれただけだ」
「そうよ、貴方が気にすることはないわ。必ず材料は揃えて屋敷まで届けるから、今日は遠いところわざわざ呼び出してごめんなさいね」
安心させるように二人とも表情を和らげると、シャルイットは目を細めて花のような柔らかな笑みを浮かべ、立ち上がって最敬礼をした。
「本当に、ありがとうございます」



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