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14 : 第十四話




部屋の中はこじんまりとしていた。おそらくはいつでも場所を移動できるようにだろうが、最低限の生活用具しかなく、殺風景な部屋であった。
中央には長いテーブルが置かれ、二人掛けのソファが二つとスツールが二つ並べられている。
その前にはデスクが設置され、資料と思われる紙が散乱していた。しかしそれ以外に資料と呼べるものがないところから察すると、集めた情報は全て彼女たちの頭の中にあるということなのだろう。
四人の客人をソファに案内すると、少女はデスクに、瑠香は扉に近いスツールに腰掛けた。
「とりあえず自己紹介がまだね。フィアナとユアは久しぶり。守護神の方たちは初めまして、あたしは耀香(ようか)。で、そっちは瑠香。あたしの弟よ」
にこりと微笑みかけ、耀香は弟を示すとそれにつられて四人は視線を彼に向けると、瑠香は軽く会釈をする。
「情報屋をしているの。君たちのことは知ってたんだけど、顔までは知らなかったからね。取り乱してごめんね」
先ほどのことを思い出し、いくら突然だったからといってあれほど失礼な態度を客にとってしまったのだ、申し訳なさそうに苦笑する。
それに対して浩輔は慌てて首を振った。それと同時に何か違和感を覚えたが、それが何なのか浩輔にはわからなかった。
「弟がいるなんて知らなかったな」
浩輔に対して謝罪しているのを横目で見ていたユアは、納得がいかない様子でじとりと耀香を睨みつける。
その不貞腐れたような、嫌味のような発言を聞き、彼女はきょとんとした風情で彼を見返し、当然のように返してきた。
「あら、言ってないんだから知らなくて当然よ。前に来たときは別の用件で出てたしね。ほんとユアはいつ会っても相変わらずな態度ね」
ユアの睨みつける攻撃も意に介した様子もなく、肩をすくめてみせる。
おそらくこれがクロカであったなら彼女のほうも嫌味で返し、そのあとはお馴染みのケンカが勃発することであろうが、やはり商売上取引を生業としている彼女にはそういう言葉は通用しないようだ。
ここに来て浩輔はようやく違和感の正体を知る。
彼女の言動、性格は若干だがクロカに似ているのだ。しかしそれがわかったところでどうこうなるわけではないが、もやもやは解消された。
そんなことを考えている間にも二人の会話は続いていた。
「ちっ……耀香と話してると調子狂うじゃねぇか」
「情報屋ですからね。これくらいかわせないと商売にならないわ」
依頼主の中には口の上手い人いるので報酬を値切られることもあるし、我が儘な人もいるわけで、様々な客を相手にしないといけないのだ。自分たちはまだまだ子どもで力ずくで来られれば、彼女たちでは大人には勝てない。少しでも安全に依頼を遂行するためには相手の気を悪くしないことと、相手より優位に立つことである。
口で言うのは簡単なことだが、実際は難しい技術なのだ。それをやってのける耀香や瑠香はさすが黒界一と言われる情報屋だ。
ユア自身も口では耀香に勝てないことは、初めてここを訪れたときから身を持って体験しているが、特に苛立つことはなかった。
一つ深く息を吐き出して気持ちを切り替えると、それを見ていた耀香も表情を引き締める。
「さて、本題に入りましょうか。今日ここに来たのは依頼の進捗状況を聞きに来たってところかしら」
当たりをつけて尋ねた耀香の瞳は自信満々に光っている。
さすが耀香である。自分たちがここに来た理由をきちんと把握している。しかしそれはフィアナもわかっていたことなので、たいした驚きはなかった。
うん、と頷いてフィアナは不自然に脈打つ心臓を宥め、耀香の青い瞳を見る。
「まだ二ヶ月くらいしか経ってないけど、耀香くらいの情報屋さんなら何か情報掴んだかな、って」
自分でも動揺しているのがわかる。声が震えないように努めるのが精一杯だ。
もちろん耀香にもユアにも、その場にいた全員がフィアナの異変に気づいている。しかしそれを口に出すことはしなかった。
耀香は彼女の問いかけを最後まで聞いた後渋面を作り、言いにくそうに瞳を伏せる。
「ごめんね、あたしたちもあれからすぐに白界と黒界の両方を探したんだけど、目撃情報もなかったの」
二つの世界はとても広い。大きな街がいくつかあり、小さい街は何十と存在している。全てを探すことはこの短時間では不可能だが、二つの世界ともに中枢都市の近辺は全て調査した。しかし見つからず、目撃情報すらも一切出てこないのだ。
情報屋の主はフィアナをじっと見つめる。
「ねぇ、フィアナ。本当にリオナの居場所、わからない?」
その質問にフィアナの肩が微かに反応したが、彼女はふるふると小さく首を横に振る。
「わかってたら、とっくに連れ戻してるだろうが」
口を挟んだのはユアで、浩輔も島崎も同じ意見だった。
とうに見つけているのであれが、フィアナのことだからすぐさま駆けつけているはずだ。あんなにも探しているのだから、結果がどうであれ、必ず。
「そうね、変なこと聞いたわ。とりあえず今は進展がないの。何か小さいことでもわかり次第知らせに行くわ。それでいいかしら?」
「うん、ありがとう耀香」
急げば急ぐほど大事なものを見落としてしまう。
そのことを懸念した上での耀香の判断は正しい。フィアナもわかっている。
耀香の心遣いに彼女は礼を言って微笑む。
彼女が営む情報屋は本来、現在持っている情報を提供するといったスタイルをとっている。ゆえにフィアナのような依頼は断るのが常なのだが、やはり耀香もひとの心を持っている、フィアナの気に入ったのか依頼を受理してくれた。
フィアナはとても耀香に感謝しているのだ。
それと同時に玄関の扉が開く音がし、失礼いたします、という鈴のような声が聞こえたのはちょうどそのときだった。
一番扉に近かった瑠香は声に気づいて素早く玄関に向かう。
「はい、いらっしゃいませ」
「あ、こんにちは」
玄関先で立っていたのは、背の高い燕尾服を着た男と清楚なドレスを着た女であった。
顔を覗かせた瑠香に気づき、女の方が軽く会釈をして微笑む。

女の方は見た目およそ二十代前半と言ったところである。色の白い綺麗な肌に映える金色の長い髪は、両方の横髪を一房ずつ編まれ、後ろの髪と一緒に背中に流している。
真っ白なドレスは膝を少し越えるほどの丈で、左胸の上にコサージュが飾ってあり、何の刺繍も施されていないが、なんとも上品な衣裳である。
一方女の後ろに控えていた男は背が高く、目尻が少し吊りあがっているが、端整で優しそうな面持ちをしている。
彼の着ている燕尾服も皺一つなく、綺麗に着こなされていた。
外見から判断すると、落ち着いた様子は二十半ばを過ぎているように窺える。

二人の客人と向き合った瑠香は薄く笑みを浮かべた。
「少しお待ちいただけますか?今姉に確認してきますので」
「いえ、こちらこそ急に訪ねて申し訳ありません」
申し訳なさそうに目を伏せる女に少年は軽く首を振ると、彼女たちには少し待ってもらい、姉のいる部屋へと戻る。
「お客さん?」
戻ってきた弟に気づき、半ば雑談に入っていた耀香はふいに表情を引き締めて尋ねる。
瑠香はそれに頷くと、彼女の視線は四人の先客に向いた。
「あ、お仕事なんだね。わたしたちは帰るよ」
耀香の言わんとしていることを先読みしたフィアナは腰を浮かせる。
しかし彼女の読みは外れたようで、耀香はそれを制止させる。
「フィアナたちはここにいてほしいの」
「………?どういうつもりだ」
真剣な表情をした耀香に険しい顔のユアは尋ねる。
情報屋は秘密主義だ。たとえその人のみの利益となる情報でも、無償では他人に教えることはない。
互いに知り合いと言っても、情報屋の仲間ではない自分たちが他の依頼者と同席していいものなのだろうか。
しかしその問いかけには耀香は答えず、椅子から立ち上がって瑠香とともに玄関へと向かう。
「…何なんだよ、いったい」
その後ろ姿を見送り、ユアは釈然としない様子で呟く。
そしてこの数分のちに耀香の真の意図を知り、制止を振り切って帰っておけばよかったと後悔するのであった。



第14話終わり



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