第十一話 「浩輔の苦労は絶えない」
七時半を少し過ぎた頃だろうか。夏は日が落ちるのが遅く、昇るのは早い。闇に満ちている時間が冬に比べると短い。
もうすでに空は明るく、遠くの方で鳥が可愛らしい声でさえずっている。
公園に集合したファイネルたちは端の方で輪を作っていた。
「これが制服。フィアナとクロカはあるって言ってたからユアとセノトの分ね。で、こっちが筆記用具とかいろいろ。教科書はあとで届けに行くから、悪いけど今日は教科書なしでがんばって」
蓮呪は両手に引っ提げた人数分の紙袋を目の前に並ぶ仲間たちに順番に手渡していき、中に入っているものの確認をする。教科書は全員分を合わせると相当な量になるので、現在白界に置いてきているのだった。
必要なのはわかっていたが、人界と白界を何度も行き来するのは大変だ。それは他のファイネルたちもわかっていることなので素直に頷く。
ユアから連絡を受けたのが三日ほど前の夕方だった。長はその次の日に早々に行動に移し、昨日それらの品を受け取りに行ったのだ。それも早朝に叩き起こされて。
「急に言ってごめんね、蓮呪。でも助かったわ、ありがとう」
紙袋を受け取り、中身の確認をしながらクロカは礼を言って微笑む。
急にも関わらずにこうして揃えてくれた蓮呪には本当に感謝している。
「別に気にするな。長は人界のことも知っておいて損はないって言ってたし、俺もそう思う」
白界だけで知識を留めておかず、いろんなものを見るべきだと彼も考えている。そのことで視野が広がり、お互いのことがもっとわかるようになる。それはとても望ましいことで、同時にとても難しいことだ。
ファイネルも人間もお互いに歩み寄れば、また違った未来になると思う。しかし現実それが無理だから、今も人間はファイネルやナフィネルの存在を知らないのだ。
それを言っても今はどうしようもない。自分の考えを打ち消した蓮呪はふいにユアの表情を見て苦笑を洩らした。
彼の意見にユアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「俺はもともとフィアが心配だからついていくだけだし」
「でも行くんだったらちゃんと授業も受けなさいよね」
「お前に言われる筋合いねぇだろ。だいたい勉強しなくても生きていける」
間髪入れないクロカの即答にユアは彼女を睨みつけて食いつく。
「いや、でも俺としてもちゃんと授業受けてくれたほうがうれしいな」
「……?」
呟かれた言葉にケンカを中断した二人はその言葉の意図が掴めずに首を傾げ、それを聞いていたセノトも訝しげに親友の顔を見ていた。
三人の視線に蓮呪は慌てて訂正をした。
「あ、別に深い意味はないんだけどね。じゃあ俺は帰るから、教科書はまた届けに来る」
長にある頼みを受けたことなんて仲間に知られるわけにはいかない。特にセノトには絶対に。
何でもないと言い張りながら無理矢理話を終わらせると、蓮呪はさっさと白かに引き上げていった。
「……変な奴」
姿が消え、気配が途絶えたことを確認し、ユアは呟いてセノトを見る。
彼は口許に指を当て険しい表情をしていたが、やがて彼が置いていった紙袋を持つ。
「そろそろ洋輔たちも出る頃じゃないか?」
何でもなかったように三人の仲間を見て、セノトはそう切り出す。
どうせ蓮呪のことだから何か頼まれたことを了承したのだろう。しかし長の頼みならそれほど無茶なことはないだろうから、心配は必要ないかもしれない。
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