≫ No.2



城の門前に到着したのは、敷地内にある巨大な時計塔の時計が十一時半を指している頃だった。
肩で息をし、半ば朦朧する意識で浩輔は、王子に会えば話は終わることを希望にしながら、門の中に入る。
中はしーんと静まり返っていた。
「じ、人員削減にもほどがあるだろ……」
誰一人、人がいない城内。
きょろきょろと周りを見渡していると、ふいに声をかけられた。
「お前がシンデレラか?」
「まぁ、不本意ながらも……」
誰の声かはわからなかったが、反射的に浩輔は答える。そしてよくよく考えてみて、はっと前方を振り仰ぐと、長く続く階段の頂上に綺麗な緑色の髪を高く結い上げ、王子衣裳を身に纏った少年を見つけた。
「りょ、綾夜っ!?」
浩輔は素っ頓狂な声を上げ、心の中で盛大にやばい!と叫ぶ。
綾夜は好戦的な目をし、不敵な笑みを浮かべていた。
「待ってたぜ。この世界でシンデレラが一番強いんだろ?」
「…は?な、何言って……」
何を言い出すんだこの人は。シンデレラが強い?
確かに姉や継母の嫌がらせを掻い潜っていく心の強さは持っているだろうが、綾夜の場合絶対に別な方向の強さと勘違いしている。
そもそも自分は、たとえ心の強さだろうが身体的な強さだろうが、何も持ち合わせてはいない。
「おい、蓮呪!どうせナレーションしてるんだろっ?どうにかしてくれ!まじで殺される!!」 あの目は本気だ。確実に命はない。
一か八か呼びつけると応じる声があり、姿を見せた蓮呪はしかし気まずそうな笑みを浮かべていた。
「いやー、俺に言われてもな……。俺が回復しかできないの、知ってるだろ?」
……そうだったっ。
気づいた浩輔は頭を抱えそうになった。
「ちっ……使えねぇな!」
「よ、呼んでおいてそれはひどいな。ていうか、浩輔毒舌すぎる……」
人は命の危険が迫ると、本来抑えられている本性が出てくるんだな、とどこかずれた感想を抱きつつ、結局登場はしたものの蓮呪には何もできない。
そうしているうちにも、綾夜は少しずつシンデレラの向かって歩を進めている。
「ずっとお前を待ってたんだ。強いって聞いたからな」
「全然全く強くない!一般人だっ、その短剣を仕舞え!」
どこから取り出したのか、いつの間にか彼の手には短剣が握られ、月光に照らされて鈍く煌く。
浩輔の背筋に冷たいものが滑り落ちた。肌が粟立つ。
「強いかどうかは戦えばわかるし。やろうぜ」
必死に説得する浩輔の言葉など聞き流している綾夜は子どものように瞳を輝かせている。
「やらないよ!!死ぬだろっ!」
これは本気でやばい。
浩輔は吐き捨てるように叫ぶと、くるりと方向転換して走り出した。
体力は屋敷から城までの道のりでほぼ尽きかけている。しかしここで立ち止まれば確実に殺される。
絡まりそうな足を賢明に動かし、とりあえず綾夜から逃げることだけを考える。
「ただ殺される、という恐怖の圧力が今の彼を動かしている」
「……って、いい感じにナレーションしてる場合か!そんな暇あるんだったら助けろってー!!」
「嫌だよ、だって俺も死にたくないし」
「正直すぎるだろ、お前」
そんなやり取りをしながらも、走る足は止まらない。
その上、ガラスの靴なんかを履いているせいで走りにくいことこの上ない。いっそ脱いでしまいたいところだが、地面は舗装されていない石だらけの道だ。さすがに痛いだろう。
息を切らしながら全力で駆けていると、やがて前方にそれはもう高い崖が見え、シンデレラはとうとう追い詰められた。
「往生際が悪いぞ」
「……っ」
もう逃げ場はないし、これ以上は走れそうもない。
諦めかけようとした刹那、突如綾夜の上に黒雲が現れた。
「げっ」
気づいた綾夜は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「何をやってるんだ、綾夜」
次に背後からどすの利いた声がかけられ、綾夜はぎくりと肩を震わせる。
「まったく、光の守護神に言われてきてみれば」
「……え?」
綾夜に説教をしている葵、もとい王様の言葉を聞きとめ、浩輔は思わず聞き返す。
「今、光の守護神って……てことは、あいつ…っ、謀りやがったのか!どうりで途中から姿が見えないと思ってたんだっ」
人に厄介事を押し付けて自分は高みの見物をしているわけか。
一気に怒りがこみ上げてくる。
「てことは、蓮呪!お前もかっ」
「え!?ちが…っ、俺は全然知らなかったよっ?」
突然、怒りの矛先がこちらに向き、蓮呪は浩輔の気迫に負けて上ずった声を上げる。
「し、知ってたら助けてたよ!」
止めに入ってくれる人物がいるのであれば、何かできることはあったかもしれない。
その言い訳に少し釈然としない浩輔であったが、これが八つ当たりだと気づくと息を吐き出して気持ちを落ち着ける。
とりあえず一番この怒りをぶつけないといけないのは、屋敷でゆったりと寛いでいるはずの洋輔だ。
浩輔は綾夜のが移ったのか不敵な笑みを浮かべ、それを目撃してしまった蓮呪は一人戦慄したのだった。


そうして王子は強制的に城へと連れ戻され、無事に屋敷に辿り着いたシンデレラは真っ先に洋輔のところにいくと、胸倉を掴んで文句を言っていたが、当の本人はけろっとした様子でまぁまぁ、と緩い口調で片割れを宥めていた。

白い城を望む城下町。
その一角に立てられた少し大きな屋敷では、今日も平和にいつも通り忙しく駆ける足音が聞こえていた。



〜END〜
2011.6.5.

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