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01 : 第一話




第一話


それは夕食時のことであった。
ご飯が出来上がったことを葵が知らせに来てくれ、綾夜と柚は台所に集まっていた。
食卓の上には煮魚に芋やら人参やらを炊いた筑前煮。ほうれん草の胡麻和え。味噌汁。そして茶碗に盛られた白ご飯がきちんと三人分並べられている。
それを椅子に座りながら眺めた柚は昨日のメニューを思い出す。
確か昨夜は炊き込みご飯とお吸い物。あと肉じゃがだったような気がする。
「(今日も和食…………)」
どちらかと言えば洋食のほうが好みの柚ではあるが、せっかく葵が作ってくれたのだから文句は言えない。
たまには洋食とか中華とかが食べたいなんて、口が裂けても言えるわけがない。
しかし。
「えぇー、今日も和食かよー」
同じように椅子に腰を下ろした綾夜が何の躊躇もなく文句を洩らす。
それにはさすがの柚も目を見開いた。
また雷が落ちるのではないかと、はらはらしながら二人を交互に見て様子を窺う。
綾夜の不服に葵は顔をしかめるが、特に怒るような態度は見せなかった。
「文句を言わずさっさと食え」
なら食うな、と言いたいところだが、彼の場合食事を摂ることさえ面倒くさく、隙あらば食べないで過ごそうとする奴なので食うなという言葉は彼には通用しない。
彼はしょうがないと言った体で息をつくと、箸を手に取った。
葵もテーブルにつき、三人揃っていただきますとする。
基本的に食事中に会話はあまりない。特に話すこともないし、綾夜が口を開けば墓穴を掘ることになる。迂闊なことは口走れないのだ。
三人とも黙々と箸を進めていると、葵がふと何かに気づいた。
「おい、綾夜。人参とほうれん草が残ってる」
鋭く見つけた彼は綾夜の皿の上に乗っている故意に避けられた野菜たちを示す。
「…………」
綾夜はぎくりと肩を震わせる。
「全部食べろよ」
とどめの一言が発せられた。
後でバレるとどうして気づかないのだろうか。彼の浅はかな考え方に葵は呆れていた。
「うー……」
綾夜は変なものを見るような目でオレンジの野菜を睨みつけ、それから箸をぷすりと突き立てる。
しかし食べる決心がつかず、どうしようかと何度も人参を突き刺す。
「食べ物で遊ぶな」
「……っいて」
しまいにはころころと転がしている綾夜の頭に拳骨を落とし、深いため息を吐き出した。
綾夜は嫌な顔をしながらしぶしぶ人参を口許に持っていくが、やはりこの独特な匂いは受け付けない。
そのまま箸を皿の上に置くと、大きく深呼吸をする。
たかが人参を食べるだけなのにどうしてそんなに緊張するんだ。
葵は呆れた表情で彼を見てから、ふいに席を外して冷蔵庫に向かった。
それに気づいた綾夜の口許がにやりと笑みに変わった。
これはチャンスだ。
ここぞとばかりに彼は隣で黙々と好き嫌いもせずに食べている柚の皿に野菜たちを投げ込んでいく。
「お願いだからこれ食べて」
「え、ちょっと……綾夜…………」
驚いた柚は困惑した様子で、彼の行動を見ている。
こんなところを葵に見つかったら怒られるのに。
そして柚は気づいていた。葵が綾夜の行動をじっと見ているのを。
しかし綾夜は全く彼の気配には気づいていない。
「……おい、聞こえてるぞ」
葵が戻ってくるまでに少しでも多く食べてもらおうと、急いで皿を移し変えている綾夜に低い声がかけられた。
びくりと彼の肩が震えた。
「お前はいったい何をしているんだ」
「…………」
彼の表情からいっきに血の気が引いたのが一目瞭然でわかった。
葵はおもむろに箸で人参を挟むと、問答無用で綾夜の口の中に押し込む。
さらに口を塞がれて吐き出すこともできずにいた彼は最終的には噛まずに呑み込んだ。
「うえ、まず……」
心底嫌そうな顔をし、葵を睨みつけた。
「さっさと食え。早くしないとこれからお前の分は野菜だけにするぞ」
「え、ちょ……それだったら俺食わないからなっ」
「ほう、食わないとどうなるかわかるよな」
「………………………はい、すいません。今から食べます」
最後に不敵な笑みで微笑まれて、綾夜の勢いは失速していった。


そして今日も彼らの家は平和であった。



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